あの人は誰が連れてきたの?

ベンチ

 

これは、中三で数ヵ月後に受験を控えた秋の夜のこと。

 

中三にして中二病真っ盛りだった俺は、その頃に通っていた塾をサボって、夜の七時から十時までの三時間、公園で缶コーヒーを傍らに読書などをしていた。

 

その公園は、回るジャングルジムや他の公園ではとっくに撤去されている遊具なんかも残っているような全体的に寂れた感じの所で、街灯もいつも座るベンチの背後に一本立っているだけ。

 

公園の周りは住宅街なのだが、田舎というのもあってか、車は通っても通行人は一人もいない。

 

他にもいくつか立派な公園はあったが、そこだと仕事帰りの両親に見つかる可能性があるので、泣く泣くその寂れた公園を選んだ。

 

俺は唯一街灯に照らされた三人掛けベンチの左端に腰掛け、小説とMDプレイヤーが入っていた鞄を右隣に置き、読書を始めた。

 

元々読書が趣味だったのであっという間の三時間を過ごし、じゃあそろそろ帰るかと鞄に触れた途端、ある違和感に気づいた。

 

雨も降ってなく、湿気もそれほどではなかったにもかかわらず、鞄がびしょびしょに濡れていたのだ。

 

もちろんコーヒーをこぼして気づかないほど鈍くはない。

 

だが、鞄は水が滴り落ちるくらい濡れていた。

 

それまで心霊の類に一切縁がなかった俺は、不思議だなぁ最悪だなぁと思うくらいで、恐怖心は全くなかった。

 

とりあえず帰ろうと思い、できるだけ鞄から水を払って自転車のハンドルに掛け、小説はカゴに、MDはズボンのポケットに押し込んで自転車にまたがった。

 

そして公園に背を向け、ペダルに足をかけた時、背後から差し込む光が一瞬点滅した。

 

反射的にベンチの方を振り向くと、さっきまで座っていたベンチの真ん中、ちょうど鞄を置いていた辺りに、全身ずぶ濡れの女がこちらを向いて座っていた。

 

その時は幽霊だのなんだの考える前に、とにかく関わってはいけないと感じ、自転車を全力で漕いで家路についた。

 

家に帰ってから色々考えた。

 

あれはもしかしたら幽霊とかだったんじゃないか?

 

怖くなって誰かに話を聞いてもらいたかったが、親に言えば塾をサボっていたのがバレてしまうし、友達に相談したら馬鹿にされそうな気がして、極力気にしないように決めた。

 

だが次の日に学校で、自分から相談するまでもなく、クラスは幽霊の話で持ちきりになった。

 

クラスに一人はいる、自称霊感強い系の女子。

 

クラスメイトの瀬田さん(仮名)がまさにそれで、男子の中ではよく小バカにされていたが、一時間目の授業中、瀬田さんが急に震え出したことに気づいた近くの女子が、「先生、瀬田ちゃん具合が悪そうです」と声をあげた。

 

先生は授業を中断して瀬田さんの元へ駆け寄り、「どうした?寒いのか?保健室に行くか?」と心配そうに声をかけた。

 

しかし瀬田さんは、ただ怯えたような表情で教室の窓の外を指差し、「あの人、誰が連れてきたの?」と呟いた。

 

クラス中の視線が窓に集まったのだが、当然そんな人物が見える人なんていなく、瀬田さんはただ一人怯えていた。

 

瀬田さんは今までも何度か同じようなことを言っていたこともあって、またなんか言ってる…という空気になり、対応に困ったのか、先生は一人の女子に瀬田さんを保健室へ連れて行かせて授業を再開した。

 

休み時間に入り、男子数人で瀬田さんのことをなんやかんや言っていたのだが、俺は気が気でなかった。

 

もしかしたら、昨日のあの女と関係があるのかもしれない。

 

気になった俺は、すぐ保健室へと向かった。

 

保健室に入ると、瀬田さんは椅子に座っておばさんの校医と話をしていた。

 

だが俺が入るや否や、また怯えたような顔になって、「○○くんでしょ?あの人を連れてきたの」と言った。

 

「窓の外からずっと○○くんのこと見てるよ」

 

「もしかして全身ずぶ濡れの女か?」

 

そう聞くと、「やっぱり○○くんだったんだ。あの人に何したの?」と、まるで俺が悪いことでもしたかのような口ぶりだった。

 

誤解を解くという意味でも、昨晩の件を一部始終伝えると、何かに納得したように頷き、その女に関して色々と教えてくれた。

 

その女の幽霊は事故か何かで亡くなった浮遊霊で、たまたま隣に座った俺に気づいてもらったと勘違いして憑いてきたのだと。

 

そして、窓の外から見ているだけで室内に入ってこないのは、建物は生きている人間のための空間であり、それだけである程度の結界になっているとかなんとか。

 

また、そこに入ってこれないということは力の弱い霊であるから、見えないなら気にする必要はないらしい。

 

公園で一瞬見えたのは、きっとその女がその付近で亡くなったからだそう。

 

生命が絶たれるのには膨大な霊的エネルギーがどうたらこうたらで、とにかく力が出やすいらしい。

 

見た目はともかく、室内にも入ってこれないような弱い霊は気にしなくてもいいと教えられ、それからそのことは気にしなくなった。

 

ちなみに、その公園は震災で綺麗さっぱり平地になってしまっているため、もうあの女の姿を見ることはないのかもしれない。

 

そんなことから四年が経ち、俺ももう大学生。

 

四月からは二年生になるのだが、なぜそんな出来事を今振り返っているのか。

 

今朝、一人暮らし中のアパートで目を覚ました時、部屋の襖が異様なほどに濡れていたからだ。

 

もしかしたら、あの女が部屋に入ってこれるようになったのか?

 

そう思って怖くなった俺は、今日は大学にも行かずにこうして話している。

 

(終)

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