妙なものが見えることに気付いた時

顔を両手で隠す

 

人混みに紛れて、

 

妙なものが見えることに

気付いたのは、

 

去年の暮からだ。

 

顔を両手で覆っている人間である。

 

ちょうど赤ん坊をあやす

時のような格好だ。

 

駅の雑踏の様に絶えず

人が動いている中で、

 

立ち止まって顔を隠す彼らは、

妙に周りから浮いている。

 

人混みの中でちらりと

見かけるだけで、

 

そっちに顔を向けると

いなくなる。

 

最初は何かの宗教関連

かと思って、

 

同じ駅を利用する後輩に

話を聞いてみたが、

 

彼は一度もそんなものを

見たことはないと言う。

 

なんて観察眼のない奴だと、

その時は内心軽蔑した。

 

しかし、電車の中や

登下校する学生達、

 

さらには会社の中にまで、

 

顔を覆った奴が紛れて

いるのを見かけ、

 

さすがに怖くなってきた。

 

後輩だけでなく、

 

何人かの知り合いにもそれとなく

話を持ち出してみたが、

 

誰もそんな奴を見たことが

ないと言う。

 

だんだん自分の見て

いないところで、

 

皆が顔を覆っている

ような気がし始めた。

 

外回りに出て

また彼らを見かけた時、

 

見えないと言い張る後輩を

思いっきり殴り飛ばした。

 

俺の起こした問題は

内々で処分され、

 

俺は会社を辞めて

実家へ帰ることにした。

 

俺の故郷は、今にも山に

飲まれそうな寒村である。

 

両親が死んでから、

 

面倒で手をつけていなかった

生家に移り住み、

 

しばらく休養することにした。

 

幸い、独身で蓄えも

そこそこある。

 

毎日、本を読んだり

ネットを繋いだりと、

 

自堕落に過ごした。

 

手で顔を覆った奴らは、

一度も見なかった。

 

きっと、

自分でも知らないうちに

 

随分とストレスが溜まって

いたのだろう。

 

そう思うことにした。

 

ある日、

 

何気なく押入れを

探っていると、

 

懐かしい玩具が出てきた。

 

当時の俺をテレビに釘付けに

していたヒーローである。

 

今でも名前がすらすら出てくることに

微笑しながらひっくり返すと、

 

俺のものではない名前が

書いてあった。

 

誰だったか・・・。

 

そうだ!

 

確か俺と同じ学校に

通っていた同級生だ。

 

同級生といっても、

 

机を並べたのは

ほんの半年ほど。

 

彼は夏休みの間に

行方不明となった。

 

何人もの大人が山をさらったが

彼は見つからず、

 

仲の良かった俺がこの人形を

貰ったのだった。

 

ただの懐かしい人形。

 

だけど、

妙に気にかかる。

 

気にかかるのは、

人形ではなく記憶だ。

 

喉に刺さった骨のように、

 

折に触れて何かが

記憶を刺激する。

 

その何かが分かったのは、

 

生活用品を買い出しに行った、

帰りだった。

 

親友がいなくなったあの時、

俺は何かを大人に隠していた。

 

親友がいなくなった

悲しみではなく、

 

山に対する恐怖でもなく、

 

俺は大人たちに隠し事が

バレナイかと、

 

不安を感じていたのだ。

 

何を隠していたのか・・・。

 

決まっている。

 

俺は親友がどこに行ったのか、

知っていたのだ。

 

夕食を済ませてからも、

ぼんやりと記憶を探っていた。

 

確か・・・

 

あの日は彼と肝試しを

するはずだった。

 

夜にこっそり家を抜け出て、

 

少し離れた神社前で

落ち合う約束だった。

 

その神社は、

 

とうに人も神もいなくなった

崩れかけの廃墟で、

 

危ないから近寄るなと、

大人達に言われていた場所だ。

 

あの日、

 

俺は夜に家を抜け出しは

したのだが、

 

昼と全く違う夜の町が

怖くなって、

 

結局、家に戻って

寝てしまったのだ。

 

次の日、

 

彼がいなくなったと

大騒ぎになった時、

 

俺は大人に怒られるのが嫌で、

黙っていた。

 

そして、

今まで忘れていた。

 

俺は神社へ行くことにした。

 

親友を見つけるためではなく、

 

単に夕食後から寝るまでが

退屈だったからだ。

 

神社は記憶よりも遠かった。

 

大人の足でも、

随分と時間がかかる。

 

石段を登ってから、

 

神社がまだ原形を留めている

ことに驚いた。

 

とうに取り壊されて更地に

なっていると思っていた。

 

ほんの少し

期待していたのだが、

 

神社の周辺には、

 

子供が迷い込みそうな

井戸や穴などはないようだ。

 

神社の中も、

 

きっとあの時の大人たちが

調べただろう。

 

家に帰ろうと歩き出して、

 

なんとなく後ろを振り返った・・・。

 

境内の真ん中で、

 

顔を両手で覆った

少女が立っていた。

 

瞬きした。

 

少女の横に、

 

顔を覆った老人が

立っていた。

 

瞬きした。

 

少女と老人の前に、

 

顔を覆った女性が

立っていた。

 

瞬きした。

 

女性の横に、

 

古めかしい学生服を

着込んだ少年が、

 

顔を覆って立っていた。

 

瞬きした。

 

皆、消えた。

 

前を向くと、

 

小学生ぐらいの子供が

鳥居の下で、

 

顔を覆って立っていた。

 

俺をここから逃がすまい、

とするように。

 

あの夜の約束を果たそうとするように。

 

(終)

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