磨りガラス越しに見える何者かの存在 1/2
深夜の就寝中。
当時1Kの部屋に住んでいた俺は、
ベッドを窓際に置いていた。
ベッドの頭の位置からは、
キッチンの廊下越しに玄関が見える。
その廊下と部屋を仕切る、
磨りガラスが真ん中に付いたドアが一つ。
そんな部屋の間取りだった。
どうしても部屋を真っ暗にして
からでないと寝られない俺は、
暗闇の中で、
ふと自分の身体が動かなく
なっていることに気付いた。
(やばいなぁ・・・金縛りかなぁ・・・)
霊に対する「居る」・「居ない」という
議論に中立を守る俺は、
結構冷静に自分の状態を分析していた。
天井に向かって仰向けのまま、
全身が動かなくなっている。
意識はあるのだが、
四肢すら動かすことが出来ない。
動かしたくても動かせないのは、
長時間の正座で
足が痺れてしまうのに似ていた。
それがずっと
全身に渡って続く感じだ。
その金縛りの中、
どうしようかなぁ・・・これから・・・
などと呑気に考えていると、
気付いたことが一つ。
廊下のドアの外に誰かが居る!
ジッと息を殺して、
ロングコートで顔の見えない女が
廊下に立っている。
何故か、
扉の向こうに立っているはずなのに、
容姿までが分かってしまっている。
それに、
どうして女性だと判断出来たのか?
そして・・・
部屋の電気は消えているので、
女どころか、
自分の部屋の壁すら
見えないはずだ。
未だに分からないが、
その時は瞬時にして理解していた。
女が立っている。
相変わらず身体は動かない。
女がドアの外に居ることの恐怖感よりも、
この状況に変化が起きない
ことの方が怖かった。
おそらく、
あの磨りガラスには姿らしき影が
映っているはずだ。
微妙に揺れながら。
こちらへ入って来ようとしているのか。
それとも、別の意志か。
変化の起きない状況に、
自分の精神が圧迫され、
心臓の鼓動がゆっくりと
高まっていくのに気付く。
荒い息遣い。
その呼吸は果たして自分のモノか、
・・・女のモノか。
耳の内側に、
最大の音量で迫ってきた
自分の心臓の鼓動が、
ピークに達した時・・・
俺は自分のベッドの上で、
上半身を起こして目が覚めた。
耳の中の鼓動が、
徐々に小さくなっていく。
呼吸が荒い。
寝汗が酷い。
全身がビッショリだ。
着替えたい。
相変わらず暗闇だ。
女の気配は無い。
この部屋には一人だ。
「夢か・・・」
声に出して言ったのは、
そうであって欲しかったから
という希望と、
現実に帰ってきたことを
実感したかったから。
いつものように慣れた手で
蛍光灯の紐を引き、
明かりを点ける。
磨りガラスには何も映っていない。
ホッとしている自分を感じながら、
着ていたTシャツを脱ぎ、
再び布団の中へと戻る。
今度は夢だと思っても、
恐怖から部屋の明かりは消さず、
そのまま寝ることに。
だけど・・・
消しておけばよかった。
心地よい眠りと共に
やってくる休息に、
精神も和らぎかけた頃。
ゆっくりと、
しかし確実に寄って来る。
波がジワジワと
俺の周りを囲むように。
俺の周りの空気だけ、
一瞬にして凝縮したかと思うと、
一気に迫ってきた。
再びウトウトしてきた俺は、
またしても金縛りに遭ったのだ。
(また夢なのか?!)
叫びたいのに
叫ぶことも出来ず、
身体をよじらせることすら
出来ない事に苛立ち、
時間を置かずに
パニックになっていく。
すると、
部屋の異常に突然気付いた。
まただ。
・・・居る。
顔を横に向けることが出来ない。
でも、「居る」のは分かる。
しかも・・・
今度はドアがほんの少しだけ
開いている。
(マズイ!ヤバイよ!)
叫びたい。
助けを呼びたい。
必死になろうとすればするほど、
身体が動かない。
精神は揺れているのに、
客観的に見たら、
全くの「静」。
俺は動かない。
部屋の中でも動くモノはない。
ただドアが開いているだけだ。
・・・ほんの少し。
涙が流れているのを感じた。
鼻水も垂れている。
よだれも流れているようだ。
でも、声は出せない。
そして・・・居るんだ。
そこに。
ドアの向こうに。
明かりを点けたから、
今度は分かる。
磨りガラスの向こうで、
ゆっくりと何かが揺れている。
精神が膨張に増す膨張をし、
破裂しそうになった時。
目が覚めた。
涙と鼻水とよだれで
グシャグシャになった俺は、
明かりの点いた部屋を見る。
ドアは開いていない。
磨りガラスにも、
何も映っていない。
(もうイヤだ!もうイヤだ!)
部屋を出て行こうとした時、
自分の身体に起きた異常に
精神が凍りつく。
身体が動かない。
気付いたら寝ていた。
部屋に居た。
明かりの点いた部屋で、
俺は寝ている。
ドアの外に居る。
・・・女が。
さっき開いていたドアが、
さらに少し開いている。
目が覚めた。
ドアは開いていない。
女も居ない。