崖から落ちていく人影を目で追っていた

崖 山道

 

あれは小学校6年生の夏の頃だった。

 

いつものように市民プールへ行き、

夕方になるまで泳いだ。

 

さあ帰ろう、

と市民プールを出ようと思った時、

 

いつもとは違う道を帰りたくなったので、

どこのルートから帰ろうかと考えていた。

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恐らく二度と見ることもないだろうが・・・

市民プールの隣には海があり、

それに沿うように道路と山がある。

 

その山にはお城の跡地があり、

広々とした公園もあった。

 

山の崖壁に沿うようにある道路は昔は海だったが、

今は埋め立てられて道路になっていた。

 

あまり通ったことはなく、

遠回りにもなるので使わなかったが、

 

なんとなくそこを通って帰ろうと思い立った。

 

そして道路へ歩きだし、

 

夕焼けで真っ赤に染まった海を見ながら

のんびりと歩いていた。

 

ふと道路沿いの山の絶壁の上方を見ると、

人影のようなものが落ちていった。

 

驚いた俺は、

人影を目で追っていた。

 

その時、

 

なぜか人影がスローモーションで見えて

ずっと目で追っていると、

 

その人影は着物を着た女の人だと分かった。

 

そして、その女の人を目で追っていると、

そのまま道路に叩き付けられたのを見た。

 

アッ!と思った俺は、

急に怖くなった。

 

来た道を一目散で逃げるように戻り、

いつも通りの帰り道で帰宅した。

 

家に戻るとすぐ部屋に布団を敷き、

上布団を頭から被さり震えていた。

 

途中から記憶が無くなり、

いつのまにか寝てしまった。

 

気づくと次の朝になっていた。

 

何か悪い夢でも見たのだろうと思っていたが、

朝食の時に母親が訊いてきた。

 

「昨日、青い顔して部屋に入ったきり

そのまま出て来なかったけど、どうしたの?」

 

「何でもないよ。

ちょっと疲れてただけだから」

 

そう言ってご飯を食べ、

遊びに行って来ると言って家を出た。

 

一人で歩きながら、

 

昨日の出来事は夢じゃなかったんだと

考えていた。

 

もし本当に誰かがあの山の上から

飛び降りたのだとしたら・・・

 

大変な事だと思い、

急いで山沿いの道路へ行くことにした。

 

ちょうど散歩をしていた付近の住宅地に住む

顔見知りのおじさんに、

 

「昨日、山沿いの道路で

何かありませんでしたか?」

 

と、恐る恐る訊いてみた。

 

おじさんは少し思い出すように

考えてはいたけれど、

 

「何事もなく、いつも通りだったよ」

 

と答えた。

 

その返事に俺はほっとして、

 

おじさんに「ありがとうございます」と言って

その場を立ち去った。

 

もし何かあればパトカーが止まっていて、

その道路が封鎖されているはずだ。

 

そう思い、山の方を見た。

 

そういえば去年、

学校でこの山の公園へ遠足に行った時だった。

 

先生が地元にまつわる『ある言い伝え』

話していたのを思い出した。

 

『その昔、

戦が起きて城が攻め落された。

 

その時、

城に住むお姫様が逃げ場を失った。

 

お姫様は山の展望台があった所から飛び降り、

そのまま海の中に消えていった』

 

という内容の話だ。

 

もしかしてあの時に見た女の人は、

そのお姫様の霊だったのか?

 

そういえばあの時、

女の人は悲しそうな表情をしていた。

 

何百年経った今でも、

 

お姫様は逃げ場を追われて

崖から飛び降りているのかと思い、

 

怖いと同時に悲しい話だなと思っていた。

 

だが、ふと疑問に思うところがある。

 

当時は気付かなかったが、

お姫様が飛び降りた時はまだ海だったはず。

 

しかし・・・

 

俺が見た時は埋立られた道路になっており、

女の人が道路に叩き付けられたのを見ている。

 

本当にあれがお姫様の霊なら、

そのまま道路をすり抜けているはずだ。

 

いや・・・

すり抜けるというのは単なる思い込みで、

 

地形が変われば

霊の動きも変わってしまうのか?

 

そういえば霊道というのがあって、

それを遮られるのを霊は嫌うという話を聞いた。

 

そう考えるとこの先、

 

あの女の人は飛び降りるたびに

道路に叩き付けられるというのだろうか?

 

永遠に道路に叩き付けられるのと、

永遠に海の飛び込むのとでは、

 

果たしてどちらがいいのだろうか?

 

俺には分からない。

 

もしかしたら霊はルーチンワークの様に

淡々とこなしているだけかも知れない。

 

あれ以来25年・・・

 

あそこへ行っても女の人は見ていないし、

そこが心霊スポットだという話も聞かない。

 

俺が見たあの時だけだったかも知れないし、

今でも居るのかも知れない。

 

恐らく二度と見ることもないだろうが・・・

 

(終)

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