遺体を守るために代々受け継がれている風習
俺の実家がある小さな村での話。
その村では女が死んだ時、お葬式の晩は村の男を１０人集め、酒盛りをしながらロウソクや線香を絶やさず燃やし続ける『夜番』という風習がある。
ロウソクには決まった形があり、仏像を崩したようなその形に、その年の夜番に抜擢された男のうち最も若い者が彫る。
また、家の水場や窓には様々な魔除けの品を飾り、それらが外れないよう見張る。
さらには、番人以外はその夜、たとえ家人であっても家の中に入ってはいけない。
他にもいくつか細かい決まり事があるのだが、これらは『キャッシャ』と呼ばれる魔物から遺体を守るために代々受け継がれている風習だった。
生きた心地がしなかった･･･
１６歳になった俺が、初めてその夜番に参加した時のこと。
近所の新妻が若くして亡くなった。
昼間のうちに、爺ちゃんに教えられた通りロウソクを彫りあげ、夜更けには火を灯し、酒盛りに入った。
メンバーは若い者から中年、年寄りまで様々で、俺以外は夜番を経験している者ばかりだった。
うちの家族からは、俺と５つ上の兄貴が参加した。
酒盛りは粛々と進み、ガキの俺からしても、どう見ても気まずい雰囲気のまま時間だけが過ぎていった。
俺は酒を飲ませてもらえなかったためジュースで凌いでいたが、さすがに深夜１時を回った頃、眠気には勝てず洗面所へと顔を洗いに行った。
ふと見ると、洗面所に二か所あるうちの小さく目立たない方の窓に飾った魔除けが傾いていた。
全ての窓の魔除けは、１時間に１回、兄貴を含む若い者が見回っていたのだが、おそらく途中から面倒になり、確認を怠っていたのだろう。
本来ならば、見つけた時に年寄りに報告し、飾り直さなければいけないところ、俺は自分でまっすぐに直して放っておくことにした。
それが原因で兄貴らが爺さん達に叱られるのも見たくない、という思いもあった。
席に戻ると間もなく、物凄い勢いで玄関を叩く音が聞こえた。
驚いて数人で玄関へ向かうと、隣家のおじさんが血相を変えて捲くし立てた。
「キャッシャが出たぞ！俺の家の屋根から塀伝いにこの家に入って行ったぞ！」
一瞬、何を言ってるんだと呆れたが、爺さん達や中年達は顔を真っ赤にして見回りを怠っていた兄貴たちを怒鳴りつけ、慌てて家中の確認に向かった。
玄関先に残ったのは、俺と俺の先輩と兄貴の三人。
隣のおじさんは、さも当然のように家に上がろうとしたが、兄貴が決まりを破るわけにはいかないと止めた。
おじさんは、「そんなこと言ってる場合じゃないだろう！早く魔除けを直すんだ！入れなさい！」と怒り出した。
兄貴や先輩が宥（なだ）めるも、おじさんは聞く耳を持たず、次第に「入れろおぉ！」、「うあああぁ！」と奇声を発するようになった。
しかし、身体は直立不動のままで、顔だけ顰（しか）めながら怒鳴っている。
視線が虚ろで、どこを見ているのか分からない。
魔除けのことの後ろめたさもあり、これ以上は決まりを破るわけにはいかないと俺たち全員が考えていたと思う。
とにかく、凄い声で怒鳴り続けるおじさんを宥めた。
時間にして１０分くらいだろうか。
おじさんは大きく溜息をつき、「もういい」と言って戸を閉めて去って行った。
ほぼそれと同時に爺さん達が戻り、「水場の魔除けの向きが変わっていた」と俺たちを叱りつけた。
みんなが集まったところで隣人のおじさんの話をすると、全員が顔面蒼白になり、誰とも無く「キャッシャだ･･･キャッシャが出た･･･」と呟いた。
その晩は明け方まで酒をやめ、総出で厳重な見張りを続け、その後は何事もなく夜明けを迎えた。
俺は生きた心地がしなかった。
後日談
隣家のおじさんはその夜、突如風邪をひいて寝込んでしまい、奥さんが夜遅くまで看病していたとのこと。
問題の時刻に奥さんはまだ看病を続けており、「おじさんは確かに布団に横になっていた」、「外には一歩も出ていない」とのこと。
魔除けには厳密な飾り方があり、その作法も教わったはずなのに、俺はろくに聞いていなかったようだった。
言い伝えでは、火や魔除けに不備があるとキャッシャが家に入り込み、死体の『魂』を盗みに来る。
死体の魂を盗まれた家は、もう栄えることはないらしい。
そして、キャッシャと仲良くなってはいけない。
キャッシャに気に入られると、自分が死んだ時は必ず家にやって来るとか。
夜番に参加した爺さん達が言うには、最後にキャッシャが出たのはもう何十年も前のことだったとか。
爺さん達の父親が若い頃に見たらしい。
「お前らの世代がそのような体（てい）たらくでは村が滅びるぞ！」と、こっぴどく叱られた。
（終）
