ヒサルキの真相について 2/3

人食い

 

その夜、

この話を彼女に伝えた。

 

すると、暫く逡巡する様を

見せていたものの、

 

次の様に喋り出したのである。

 

※逡巡(しゅんじゅん)

決断できないで、ぐずぐずすること。

 

彼女にとって、鬼に対する解釈は、

私のそれと全く異なるものであった。

 

私が霊気的存在から物質的存在への変容を

民俗学的に捉えていたのに対して、

 

彼女はそれを生物学的に

捉えていたのである。

 

簡明に述べるならば、

 

霊気的存在が物質的存在に

宿ることによって、

 

後者は前者へと生物学的に

変容するのである。

 

具体的に述べるならば、

 

人間が幽霊に憑かれることによって、

彼は鬼となるのである。

 

そして、その鬼となった人間を、

 

大日本帝国軍は兵員として

用いようとしているのである、と。

 

続けて言う。

 

私との議論の中から、

 

彼女は先述の生物学的変容を

理論化していった。

 

また、

 

今回の新規研究計画というものも、

これに関するものである、と。

 

「覆水、盆に返らず」

 

とは正にこの事であるが、

 

だが私はここで彼女を引き止めて

おくべきだったのだ。

 

※覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)

一度起きてしまった事は決して元に戻す事は出来ない、ということわざ。

 

確かに、

軍部が関係する研究に携わっていれば、

 

学徒出陣から免れる事が出来るという

自己保身の意図はあった。

 

だが、弁解が許されるならば、

 

(にわ)かには信じ難い彼女の理論が

成功を収めるかという学究欲、

 

そして何より、

 

恋慕する彼女から離れたくはないという

感情が存在したのである。

 

何れにせよ、

 

私は彼女との同行を了承し、

「ヒサユキ」は誕生してしまったのである。

 

その研究所は、成る程、

山深い場所に位置していた。

 

だが、そこに至る途中の車内では、

私の両隣を体格の良い兵隊が占め、

 

その研究所までの途上は判然としない。

 

(ようや)く窮屈な車内から解放され、

私達は研究所の前に立った。

 

そこで、

私は少しく違和感を覚えたのである。

 

何故なら、

 

新しく建造したにしては、

いやに研究所は古びていたからだ。

 

元は白かっただろう壁は黒く薄汚れ、

所々のペンキが剥がれ落ちていた。

 

そして、

 

私と彼女はこの研究所で

働くことになった。

 

そうは言うものの、

私は民俗学を、

 

彼女は生物学の研究を

それぞれ進めるだけであり、

 

帝国大学大学院の頃と

同様な生活を送っていたのである。

 

だが、

一つ気になる点があった。

 

それは、

 

彼女が何処かに行ってしまう

時間帯があったことだ。

 

研究所職員の誰に尋ねても

芳しい返答は得られず、

 

当の彼女に聞いても

言葉を濁すばかりで要を得ない。

 

その一方、

着実にその時間帯は増えていった。

 

いよいよ変(おか)しいと

思っていた矢先、

 

或る日、私は研究室の窓の向こうに

彼女の姿を見つけた。

 

どうやら、

研究所から何処かに行くようである。

 

だが、先述したように、

ここは山深い場所であり、

 

近くの村落まで歩いて半日以上も

かかるのである。

 

そこで、

 

懸案の謎も解決すると思って、

彼女の後をつけたのは当然であった。

 

すると、彼女は深い山に

独りで分け入って行く。

 

ちょうど真昼であったものだから、

 

私も玉の汗を落としながら、

何とか引き離されないように続く。

 

不意に視界が開けた。

 

木々が綺麗に切り払われて造られた広場。

 

そこに建っていたのは、

小じんまりと古びた神社であった。

 

どうしてこんな場所に、

と私が訝しんでいると、

 

彼女はそのまま入口から

入って行ってしまう。

 

さてどうしたものか、

と私は暫く逡巡していた。

 

蝉の声がいやに煩(うるさ)かったから、

きっとその時は夏だったのだろう。

 

・・・と、入口に人影が。

 

それは、白い羽織と袴を着けた

幾人かの神官だった。

 

まるで何かを迎えるように、

彼らは入口の前に整列する。

 

そして、そこに姿を現したのは

他ならぬ彼女だった。

 

だが、少しく様子が変しい。

 

じっと目を凝らしていた私は、

小さく声を漏らしてしまった。

 

彼女の口からは鮮血が流れ出し、

両手や着衣には、

 

得体の知れない赤黒いものが

こびり付いていたからである。

 

何事か呟くように唇は動いているものの、

目の焦点は最早(もはや)合っていない。

 

私が目を離せないでいると、

 

彼らは言葉も無く示し合わせたかのように、

彼女を連れて山を降りて行ってしまった。

 

私はどうすることも出来ない。

 

蝉の声が煩い。

 

(続く)ヒサルキの真相について 3/3

スポンサーリンク

コメントを残す


↓↓気が向けば応援していってください(*´∀人)♪
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心霊・怪談へ (ブログランキングに参加しています)
サブコンテンツ

月別の投稿表示

カレンダー

2017年10月
« 9月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  
特定のキーワードからサイト内の記事を検索するには、すぐ下の「検索窓」からキーワードを直接入力してご利用ください。
アクセスランキング

このページの先頭へ