五つ角 1/2

 

梅雨時になると、

たまに思い出すことがある。

 

今から十年程前の話だ。(※投稿2011年6月)

 

当時、

私は中学一年生だった。

 

四方を山に囲まれた盆地に、

私の住んでいた街はあった。

 

といっても標高はそれほど高くもなく、

 

南側の山一つ越えれば、

太平洋を見ることが出来る。

 

コンクリートで固められた一本の川が

街を南北に等分していて、

 

その北側の住宅街に、

私と家族の家はあった。

 

対して南側の住宅街。

 

その片隅に『五つ角』と呼ばれる

場所があった。

 

そこは、一見すれば

単なる十字路である。

 

では何故、四つ角ではなく

五つ角なのかというと、

 

二本の道が交錯するちょうど中心に、

一メートル程の大きなマンホールがあり、

 

それが五つ目の角だというのだ。

 

五つ角という名は正式な名称では無い。

 

誰が名付けたのかは知らないが、

もちろんそう呼ばれるには理由があった。

 

『雨の日の夕刻、

 

五つ角のマンホールに

近づいてはいけない』

 

街では有名な都市伝説だった。

 

何でも、

男の幽霊が手招きしていて、

 

近づいて来た者をマンホールの中、

 

つまり五つ目の角の奥へと

引きずり込むのだそうだ。

 

世の都市伝説に洩れず、

えらく恐ろしげでたっぷり胡散臭く、

 

それでいていたく子供心を

くすぐる噂話だった。

 

私と同じクラスに『くらげ』という、

あだ名の人物がいた。

 

私がオカルトに興味を持つ

きっかけになったのが、

 

彼だと言ってもいい。

 

彼はいわゆる、

『自称、見えるヒト』だった。

 

何でも幼少の頃、

 

自宅の風呂に何匹ものくらげが

プカプカ浮いているのを見たその日から、

 

彼は常人では決して

見ることの出来ないモノを、

 

見るようになったのだとか。

 

当然、最初はなんじゃそりゃ

と思っていたが、

 

彼と一緒に居るうちに、

 

私はその話を信じるように

なっていった。

 

「僕は病気だからだね」

 

と、彼はよく言っていた。

 

病気という言葉には、

何かしらの説得力があった。

 

ちなみに、私は当時、

 

どちらかというと

科学っコだったのだが、

 

だからこそ彼の存在は面白かった。

 

「五つ角の幽霊の真相を、

暴きに行かないか?」

 

六月半ばを過ぎた、

ある雨の日のことだった。

 

HRが終わり下校の時間。

 

私は帰ろうとしていたくらげに、

そう切り出した。

 

ちなみに二人共、

帰宅部だった。

 

くらげは私を見て、

窓の向こうの雨空を見て、

 

少しだけ面倒くさそうな顔をした。

 

彼は、あまり積極的なノリのいい

タイプでは無かった。

 

普段も一人ぼんやりしていることが多く、

表情も乏しい。

 

その点でも、

海に漂うくらげのような人物だった。

 

「いいよ。って言うまで、

帰らしてくれないんでしょ」

 

外を見つめたまま彼は言った。

 

私は肯定の意味で

にっと笑って見せた。

 

くらげとは小学六年からの付き合いだが、

お互いのことはもう大体分かっている。

 

一端荷物を置きに自宅に帰り、

制服のまま傘だけ持って家を出た。

 

集合場所は街を北と南に分ける

仏と名の付く川に架かった、

 

地蔵と名の付く赤い橋。

 

くらげは南側の山の方に住んでいた。

 

五つ角も南の住宅街にあるのだから、

くらげが橋まで来る必要はなかったのだが、

 

私たちが一緒に行動する時、

待ち合わせはいつもここだった。

 

私が行くと、

くらげは先に橋で待っていた。

 

彼は私服に着替えていた。

 

連日の雨で川の水は茶色く濁り、

増水していた。

 

「くらげは五つ角の幽霊、

見たことあったりする?」

 

「あるけど」

 

私が尋ねると、

くらげは平然と答えた。

 

彼が見たことがあるということは、

 

少なくともガセではなく、

男の霊は存在するということだ。

 

私たちは並んで、

 

目的の五つ角に向かって

歩き出していた。

 

「どんなんだった?」

 

「人だった。手招きしてた」

 

「それは知ってる」

 

と私が言うと、

 

「後は分からないよ。

近くで見たわけじゃないから」

 

とのこと。

 

「それなら普通の人間かも

知れないじゃないか」

 

疑問を口にすると、

くらげは、

 

『それは違う』

 

と首を横に振った。

 

「水死体って見たことある?」

 

今度は私が首を横に振る番だった。

 

実際に見たことは無いが、

 

水難事故で死んだ人間がどうなるか、

その知識はあった。

 

「そんな感じだった」

 

くらげはそう言った後、

軽く欠伸をした。

 

私はぶくぶくに膨れた人間が

手招きしている姿を想像して、

 

唾を呑みこんだ。

 

五つ角は南地区の簡素な住宅街の

外れにあった。

 

車一台がやっと通れるほどの細い道で、

 

周りの塀が異様に高く、

こちらに倒れて来そうな圧迫感があった。

 

前方数メートル先に、

 

四方に伸びる曲がり角と、

マンホールのふたがあった。

 

時刻は四時半頃だっただろうか。

 

私の見たところ、

 

マンホールの付近には

誰も居なかった。

 

「・・・夕刻って何時だろうな」

 

「日暮れ時じゃない?」

 

「今日は太陽出てないぞ」

 

「じゃあ暗くなったらだよ。

きっと」

 

地面は水浸しで

座ることも出来ないので、

 

私たちは立ったまま、

五つ角の幽霊の出現を待った。

 

くらげと一緒に居ると、

 

私も時々、妙なモノを

見ることがあった。

 

それは薄っすら人の形をしていたり、

浮遊する青白い光の筋だったりしたが、

 

くらげには、もっとはっきり

見えている様だった。

 

「この病気は感染するんだって」

 

くらげの説明によると、

私は感染したらしい。

 

「治したかったら、

僕に近づかないこと。

 

そしたら自然に治るから」

 

とも言った。

 

見てはいけないものを見る。

 

背筋がぞくぞくするその体験は、

 

非常に怖くもあり、

芯から楽しくもあった。

 

くらげと他愛もない話をしながら、

三十分程経った時だった。

 

(続く)五つ角 2/2へ

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