千体坊主「晴」 1/4
S「・・・で?こいつは一体どうしたんだ」
言いながらSが作業台の横に来ても、
まだKはSのことに気が付いていない様だった。
僕は、今は会話できないKの代わりに、
Sに現在の状況を一から説明する。
それに対してのSの感想は
「ふうん・・・」と、
実に簡素なものだった。
それからKの方に近づいて、
「俺には聞こえんな。雨音」
と言う。
S「おいコラKっ!」
Kの耳元でSが叫ぶ。
僕は驚く。
しかし、Kは反応しなかった。
それを確認して「ふうん」と、
もう一度、Sは言う。
しかしSは、その言い方から
何か納得はした様だった。
Sがノートを持って何かを書く。
そしてKの肩をポンポンと叩いた。
Kが顔を上げた。
その目が少しだけ
驚いた色の光を放った。
しかし他の感情が見えたのは、
そこだけだった。
Kは歯を食いしばって、
暴音という痛みに耐えていた。
僕にはその実際の痛みの程は
分からないが、
表情だけで十分痛さが想像出来る。
Sがノートを指差した。
読めと言うことなのだろう。
首を伸ばして覗くと、
ノートにはこう書かれていた。
S『前の雨乞いの時に使ったっていう、
てるてる坊主はどうした?』
もう喋ることも辛いのだろう、
Kは黙ったまま押し入れを指差した。
Sが開けると、
透明なビニール袋の中に入った、
あの人形達が出てきた。
ビニール袋は五つもある。
Sはそれを確認すると、
またKの元に戻った。
S『これからこの人形を全部捨てて来る。
あと、今作ってる奴も一緒にだ』
それを見て僕は驚いた。
前に使ったものは良いとしても、
何故、今作っている人形まで
捨てるというのだろうか。
しかし、Kはその文字をゆっくりと
視線を這わすようにして読んだ。
そしてSに視線を戻す。
それからきつく目を瞑り、
天井を仰いで、
Kは掠れた、
しかしいつものKの声で言った。
K「おーけー、わかった」
理由も聞かずに
Kはそう言ったのだ。
Sは一つ頷いて立ち上がり、
机の上にあった作りかけの人形を集めて、
新しくゴミ袋の中に入れた。
そして僕に向かって、
「半分持てよ」と言った。
混乱していた僕は、はっとして、
急いで六つの内の半分を持った。
量が多いだけで全く重くはない。
S「あーそうだ」
部屋を出る際にSは、
何か思い出した様に呟き、
ゴミ袋を床に置くと、
Kの方へ戻って行った。
ノートを手に取って何かを書き、
Kに見せる。
Kが頷く。
するとSがKの背後に周る。
それは一瞬の出来事だった。
Sの腕がKの首に絡みつく。
五秒もかからずKは落ちた。
唖然とする僕に、
Sは平然と「行くぞ」と言って、
またゴミ袋を手に取った。
僕「な、なな、なんで?」
と訊く僕に、
Sは何でもない口調で
S「『それじゃ眠れねーだろ』
って訊いたら、肯定したからだ」
と言った。
僕「・・・チョークスリーパー?」
S「いや、裸締め」
そう言えば、
Sは中学高校と柔道部だったと
Kから聞いたことがある。
何でも、ものすごく強かったせいで
喧嘩を売る輩が絶えず、
しかしその全てに勝ったため
Sはその町の・・・、
いや、これ以上は言うまい。
近所のゴミ捨て場にでも
捨てるのかと思ったら、
Sは自分の車を使って、
人形達をどこか遠くへと
捨てに行くつもりらしかった。
後部座席に五つ
ゴミ袋を詰め込み、
僕は袋を一つ抱いたまま
助手席に座る。
車は未だ何処へゆくかも
分からないまま発進した。
僕「なあ、これから、何処行くん?」
S「川だ。近所の、汗見川」
Sはそう答える。
それは意外な答えだった。
僕「か、川?」
S「そうだ。・・・ああ、その前に、
少しばかり酒屋に寄るぞ」
僕「さ、酒屋!?」
S「酒が要る」
僕にはSの考えがまるで
さっぱり分からなかった。
もちろん、
夜の河原で酒盛りしようぜ、
などと言っているわけではない
ことは分かる。
しかしなら何故、
酒屋に寄って目的地が川なのか、
僕の頭では合理的説明を
出すことは出来なかった。
どうしてか。
何故か。
分からない。
(続く)千体坊主「晴」 2/4へ
舞台は高知県だったんかい‼