千体坊主「雨」 4/4

Kの寮に行く前に、

コンビニ寄って食品とコーヒーを買う。

 

自転車を漕ぐ。

大学までの坂道がしんどい。

 

それでもかなり飛ばして、

いつもの通学より大分早い、

 

コンビニから二十分程で

Kの住む学生寮に到着した。

 

Kの部屋は二階の一番奥。

鍵は掛かっていなかった。

 

僕は二回ノックして、

部屋に入る。

 

入って最初に思ったのは、

 

天井のアレが綺麗に無くなっていて、

さっぱりしたなということだった。

 

部屋の中ではもう、

 

新しいてるてる坊主が

山の様に積まれていた。

 

二百はあるだろうか。

 

Kは僕が部屋に入って来たことに

気付いていない様だった。

 

黙々と、てるてる坊主を作っている。

 

Kの顔は酷く青ざめている様に見える。

 

作業台の前に来ると、Kはやっと

僕に気がついた様だった。

 

「よお」と言うKの声が、

酷く掠れたように聴こえた。

 

そうしてKは、

 

部屋の棚から一冊のノートと

ペンを僕に差し出すと、

 

自分の左の耳を二度、

指で叩いた。

 

K「・・・さっきから土砂降りでよ。

なんか台風みてーだわ。

 

・・・ワリーけど、何か言う時は

そのノートに書いてくれ」

 

僕は軽く驚きながらも、

『了解』とノートに書いて見せる。

 

つい最近千体もの数を作った時と

同じ様に、

 

Kがてるてる坊主を作り、

僕が天井に張り付けていく。

 

しかし、

今回のKの手の動きは鈍かった。

 

しきりに頭を横に振っている。

その額には玉の様な汗が浮かんでいる。

 

『作るの代わろうか?』

 

と書いて訊いてみるが、

Kは首を横に振る。

 

どうやらこの千人坊主は、

 

人形自体は自分の手で

作らなければならないらしい。

 

しかし、まだ人形は二百と少し。

僕は少し焦っていた。

 

もう病院に行った方が良いのでは、

という考えが一瞬よぎるが、

 

この千人坊主のルールで、

 

部屋を出てはいけない、

とあったのを思い出す。

 

悪いことが起こる。

 

くそう、

悪いことって具体的に何だよ。

 

その時、僕はふと

雨音を聞いた気がした。

 

そんな馬鹿な。

さっきまでは晴れてたのに。

 

とっさに窓の外を見る。

 

雨など降っていない。

外は晴れている。

 

気のせいだろうか。

 

いや、今も微かだけど聞こえる。

 

僕は一瞬、

背筋が寒くなるのを感じた。

 

まさか僕も・・・?

 

しかし注意深く

音の出ている方を探ると、

 

それは僕の中ではなく、

外から聞こえてくるものだと分かった。

 

Kだった。

 

雨音はKの両耳の奥から

洩れてきているのだ。

 

まるで他人のヘッドホンから

音が漏れる様に、

 

外に音が漏れるほどの

激しい雨なのだ。

 

本人にとっては耳鳴りなどという、

生易しいものではないのかもしれない。

 

そこに至った時、

 

僕は途端にどうすればいいのか

分からなくなった。

 

見ると、Kは額だけでなく

腕にも汗をかいている。

 

部屋はクーラーが効いているのに。

 

僕はノートに『大丈夫?』と、

書いて見せた。

 

Kはしばらくの間、

ぼーっとその文字を見てから、

 

「はは」と力なく笑い、

「・・・やっべえ」と一言だけ呟いた。

 

初めて見る、

Kのそうした姿だった。

 

僕は何も言うことが出来なくて、

まあ例え口に出しても届かないのだけど、

 

目を瞑って「とりあえず落ち着いて考えろ」と、

口に出し自身に言い聞かせる。

 

しかし考えは浮かばず、

どうして良いのか分からない。

 

今、Kの手は動いていない。

顔をしかめてじっと俯いている。

 

どうしよう。

どうしたらいい。

考えろ考えろ。

 

自分一人に、何が出来る?

 

部屋のドアが開いた。

 

S「あー、本当にやってんのな」

 

そこに立っていたのは、

友人のSだった。

 

とりあえず僕は長い息を吐いてから、

「おっせえ」と言ってやった。

 

これまでの付き合いから、

 

ぶつぶつ言いながらも来るというのは

分かっていたんだけれど。

 

S「仕方ないだろ。そんなことより、

バイト代はほんとに出るんだろうな」

 

金に困ってない癖に、

Sはそんなことを言った。

 

(終)

続編→千体坊主「晴」 1/4へ

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