千体坊主「雨」 1/4
その年の夏は、
猛暑に加えて
全国的に中々雨が降らず、
そこらかしこで
水不足に悩まされていた。
ダムの水が干上がって、
底に沈んでいた村役場が
姿を見せたとか、
地球温暖化に関するコラムだとか、
『このままではカタツムリが
絶滅してしまう』
と真剣に危惧する
小学生の作文とか、
四コマ漫画の『わたる君』の
今日のネタは、
『アイスクリームとソフトクリームは
どちらが溶けるのが早いか』
で、わたる君が目を離した隙に
妹のチカちゃんが両方平らげてしまうという、
そんなオチとか。
床に広げた今朝の新聞。
天気予報の欄に目を移すと、
今後いつ雨が降るのかは、
まだ予想出来ないと書かれていた。
窓の外に目を向ける。
確かに雨の予感は微塵も感じず、
今日もうんざりするくらい晴れている。
僕「・・・なあなあ、ちょっとさ、
休憩せん?」
K「でーきーた。ほれよ、
八百体目」
友人のKは僕の提案が
聞こえなかった様で、
数十体のティッシュペーパー人形が
僕の目の前に、どんと置かれる。
僕の仕事は、
この人形たちの腰から下げてる
糸の先にセロテープを付けて、
一体ずつ天井から吊るすことなのだ。
すでに天井には七百体以上の
人形が吊るされていて、
まるで・・・と言っても
形容出来るようなシロモノではない。
この状況は、
昨日の夜から今日の朝にかけて、
僕とKが二人がかりで
創り上げたのだ。
常識ある人が見れば
ギョッとするような光景だが、
すでに僕の常識は、
マヒしているのだろう。
K「Sも手伝ってくれりゃあ良いのになあ。
途中で帰りやがって。
冷てーやつだ、
全くよぉ」
Sというのは僕ら二人の
共通の友人だ。
彼には常識があるし、
間違っても徹夜で紙人形を作る様な
人間では無い。
僕「まあバイトって言っても、
この内容聞いたら普通は断るよ」
K「おめーは、やってんじゃん」
僕「内容訊かずに『うん』って
言っちゃったからね」
もう分かっているかとは思うが、
僕が言う人形とは、
てるてる坊主のことだ。
しかもこの天井に吊るされている彼らは、
皆一様にスカートを上に、
頭を地面に向けている。
つまり逆さ。
『ふれふれ坊主』だの、
地方によっては『るてるて坊主』と
呼んだりもするそうで、
Kは『ずうぼるてるて』と
呼んでいる。
普通のてるてる坊主が
晴れを願って吊るされるものなら、
『ずうぼるてるて』はその逆、
雨を願うものだ。
僕「さっき新聞で見たけど。
今日からの週間天気予報じゃさ、
雨が降る気配なんてこれっぽっちも
無さそうなんだけど・・・」
K「だから面白れーんじゃねーか。
通常じゃありえねーことが起こるから、
オカルトなんだよ。ったりめーだろ」
言いながらKは、
二百枚入りのティッシュ箱を新たに開けて、
一番上のティッシュを抜き出す。
ティッシュは薄い紙が二枚重なっているので、
上手く剥がして一枚を二枚に分け、
ちょいと人差し指を舐めてから、
その薄い一枚をミートボールくらいに丸める。
その上にもう一枚を被せ、
首の部分をねじってタコ糸を添えて
セロテープで固定する。
その流れる様な一連の手捌きは、
もはや素人の域では無い。
僕「でもさ。これでもし明日普通に晴れても、
バイト代返せなんて言わんでよ」
K「言わねーよ、たぶん」
僕「いや、たぶんじゃなくて」
言い忘れていたが、
現在僕が居るここはKの部屋だ。
僕がKに呼ばれて、
この学生寮の二階の一番奥の部屋に
やって来たのは、
今現在から十五時間ほど遡った、
昨日の午後四時が若干過ぎた頃だった。
大学でその日一日の
講義が終わった後、
K「このあと暇ならよー、
ウチで簡単なバイトしねーか?」
と言うKの誘いに乗ってしまい、
オカルティックな趣味を持つ
Kの実験に付き合わされることになった。
千体坊主。
全部Kから聞いたことになるけども、
千羽鶴にも似たこのまじないは、
千体のティッシュペーパー人形
(別に紙なら何でも良い)
を吊るすことで、
明日の天候を人為的に変えてしまう、
というものだ。
人形の頭を上にすると晴れ。
下にすると雨。
(続く)千体坊主「雨」 2/4へ