天へと伸びる糸
僕が小学校低学年の頃の話だ。
学校も終わり、
僕は一人帰り道を歩いていた。
そして、ふとした何気ない思い付きから、
今日は別のルートで家まで帰ろうと決めた。
いつもは使わない、
人通りの少ない山沿いの道。
家までは大分遠回りだけど、
僕は随分楽しげに歩いていた記憶がある。
昔はそういう無意味なことに
楽しさを見い出す、子供だったのだ。
さて、そんないつもと違う帰り道。
僕はふと、ある不思議なものを見つけた。
車一台分の幅しかない道、
進行方向に対して左は林で、
右は小さな池だったのだけど、
その右の池から、
何やら白く細いものが
空に向かって伸びていた。
その時の僕が
『空に向かって伸びている』
と思ったのは、
単純な話、
空に何にもなかったからだ。
木々の枝が伸びているわけじゃない。
飛行機や鳥が飛んでいるわけでもない。
最初、僕は煙かなと思った。
でも水のある池から煙というのもおかしい。
別に水面に浮かぶ水草が
燃えているわけでもないようだった。
ガードレールに腕を乗せ、
僕はその白い細い物体をじっと見つめた。
それはどうやら糸の様だった。
白い糸だ。
僕は白い糸を辿って空を見上げた。
白い糸は上空に行けばいくほど、
空に点在していた雲と同化して見えなくなる。
天へと伸びる糸。
当然、不思議だなあと思った。
けれど、その時の僕には、
そこにあって見えるんだから仕方ないだろう、
という確固たる諦めがあった。
見上げていると、上空でチカ、と
何か光った気がした。
時間が経つにつれ、
光ははっきり見えるようになった。
糸を辿って、
空から光が降りてきていた。
太陽の光を鏡で反射させた時の様な、
目に刺さる光だった。
光は点滅していて、
目の上に手をかざしてよくよく見ると、
その上に糸は無かった。
僕は身を乗り出し、
その光をよく見ようとした。
ランドセルが重かったのが原因だと思う。
僕はその瞬間バランスを崩して、
頭から池に落ちた。
でもそこで不思議なことが起こった。
僕は頭から池に落ちた。
でも、水面に顔が触れた瞬間、
僕は『水の中から顔を出していた』。
タイムラグは無い。
記憶違いでもないと思う。
惰性で僕は一旦お腹のあたりまで
水面から飛び出すと、
また重力で頭まで沈んだ。
今度は普通に水の中だった。
ここは当然パニックに陥り、
溺れかけるべきなのだろうけれど、
僕はわりと冷静だった。
池は背伸びすれば、
足がそこに届くくらいの深さだった。
ランドセルが背になかったので、
目をぬぐいながら手探りで見つけて、
また背負った。
不思議な体験だったなあ、
と思いながら、
僕は池から道路に上がった。
最後にもう一度、池を振り返ったけれど、
糸はもう伸びてはいなかった。
そしてその帰り道、
僕は何故か帰り道を間違え、
家に帰るのがだいぶ遅くなった。
家に帰ると、
母はびしょ濡れで帰って来た
僕に驚いた様子で、
「あらまあ・・・、なんぞね、そら」
と訊いてきた。
僕は「つられた」とだけ答えた。
その日からだった。
僕が文字の読み書きが出来なくなったのは。
先生も困り顔だったが、
僕はあの時池に落ちたせいで
頭が悪くなったのだと、
勝手に思うことにした。
文字の問題は、しばらくして
普通に出来るようになった。
その後、僕が池に落ちてから
一週間くらい経ったある日のこと、
あの池から子供の水死体が見つかった。
不思議だったのは
その一週間のあいだ、
街の近辺で行方不明となった子供が
いなかったこと。
だから発見も遅れた。
持ち物は持っておらず、
どこの誰の子供かも分からず。
その身元不明の死体は、
一時期話のタネになった。
そして僕はと言うと、
今でも健康診断の際は聴診器を持った先生に、
「?」という顔をさせている。
心臓の位置が少しだけ、
おかしいのだそうだ。
(終)
あ、UFOですね。
鏡写しの逆さまの世界に来て文字も反転してるから読み書きしにくい、心臓が右寄りの世界、とかは分かるけど(我々の世界に来たなら主人公が右寄り心臓か)死体は何?
元の世界とこっちの世界で『僕』が入れ代わったんじゃないのか。