田舎(中編) 4/5

田舎

 

犬神の伝説が息づいているのは、

農村地帯がほとんどなのだそうだ。

 

人と人との関わりが

深く濃密な狭い共同体の中で、

 

なにか理不尽な災いが起こった場合、

 

それを誰か特定の

人間のせいにしてしまうのは、

 

日本の古い社会構造の

歯車の一つなのだろう。

 

それが差別階級を生む要因にもなっている。

 

ところが師匠は、

この犬神筋については、

 

いわゆる被差別部落民とは

少し意味合いが違うと言う。

 

「犬神筋は、

裕福な家と相場が決まっている。

 

それも、

 

農村に商品経済、

貨幣経済が浸透し始めた頃に生まれた、

 

新興地主がほとんだ。

 

土地を持つこと、

 

そして畑を耕すことが

すべてだった農村の中に、

 

土地を貸し、貨幣を貸し、

商品作物を流通させることで、

 

魔法のように豊かになっていく

家が出現する。

 

そして、このパラダイムシフトを

理解できない人々は思う。

 

『あの家が金持ちになったのは、

犬神を使っているからだ』と。

 

パラダイムシフト(wikipedia)

その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することを言う。

 

我々の土地を、財を、

貪欲に欲しがり、

 

犬神を使役して

それらを搾取しているのだと。

 

金がないのも、

土地がないのも、

 

腹を下したのも、

怪我をしたのも、

 

全部犬神筋のせいだ、

と言うんだ。

 

そう信じることで、

 

共同体としてなんらかのバランスを

保とうとしているのかも知れない。

 

気がふれるということを、

 

昔の人は狐が憑いたとか、

犬が憑いたとか言うだろう?」

 

師匠はそう続けながら、

指を頭のあたりで回す。

 

「これは犬神に限らず、

狐憑きも蛇神筋も猿神筋も同じだ。

 

気がふれたフリをするのはとても簡単で、

 

しかも、何が憑いているのかを

容易に表現できるからだ。

 

狐なら狐の真似を、

犬なら犬の真似をすればいい。

 

そうすれば、

憑き物筋という家が存在し、

 

それが他に害を成しているということを、

 

搾取されている人々の間で

再確認することができる」

 

ようするに『やらせ』なのだ、

というように俺には聞こえた。

 

犬神はなにか、

おどろおどろしい存在なのではなく、

 

いや、それ自体が人の心の闇を

秘めているにせよ、

 

農村における具体的な不満解消の

システムの一つに過ぎないのだと。

 

そう、聞こえたのだった。

 

しかし、

師匠はふいに押し黙る。

 

俺はその沈黙の中で、

 

前日にあの四つ辻で

京介さんが倒れたシーンと、

 

そのあとに襲われた悪寒が脳裏をかすめ、

ジワジワと気分が悪くなっていった。

 

「犬神の作り方として伝えられる記録に、

こんなものがある。

 

まず、犬を土中に埋め、

首だけを出して飢えさせる。

 

そして、

 

飢えが極限にきたところで、

餌を鼻先に置き、

 

犬がそれにかぶりつこうと

首を伸ばした瞬間に、

 

その首を鉈ではねる。

 

『念』の篭ったその首を

箱に納めて術を掛け、

 

犬神とする。

 

その時、

残された胴体は道に埋めたままとし、

 

その上を踏みつけられることで、

犬の『念』は継続し、

 

また強固なものになっていく。

 

その道が人の行き来の多い、

四つ辻であればなお理想的とされる」

 

「うっ」

 

思わず吐き気がして口を押さえた。

 

嫌な予感が頭の中でパチパチと、

音を立てているような気がした。

 

ユキオが原付に乗ってやって来たのは、

朝の10時過ぎだった。

 

「おー、リュウ。

お出迎えとは珍しいにゃあ」

 

そう言いながら、

軒先に座っているリュウの頭を撫でた。

 

俺も朝方、

 

飯を食べにノソノソと犬小屋から這い出てきた

リュウの顔をじっくりと観察したが、

 

記憶のヴェールは、

自信ないけどリュウらしい、

 

という程度にしか、

真実に近寄らせてくれなかった。

 

「じゃあ、さっそく行こう」

 

ユキオが原付で先導し、

 

俺たちは師匠の運転で、

伯父に借りた車に乗ってついていった。

 

最初、

京介さんが運転席に乗ろうとすると、

 

師匠が、

 

「初心者マークは大人しく後ろに乗ってろ」

 

というようなことを言って、

 

「そっちも大した腕じゃないくせに」

 

と言い返され、

 

険悪なムードになりかけたことを

言い添えておく。

 

ユキオの『先生』は、

本当に学校の先生だったらしい。

 

ユキオは小学校の頃に

教わったことがあるそうだ。

 

定年になり子供たちが独り立ちすると、

 

山奥に土地を買って住まいを構えて、

奥さんと二人で暮らしているとのことだった。

 

「こんな田舎で公務員なんてやってると、

デントーってのを守る義務から逃げれんがよ」

 

出掛けにユキオはそう言ったが、

 

神楽を習っていること自体は

まんざら嫌でもない様子だった。

 

「先生はちょっと気難しいき、

 

変なこと言うても、

気ぃ悪うせんとって下さい」

 

俺は幼い頃に見た、

 

白装束の太夫さんの神秘的な横顔の姿を

思い浮かべた。

 

車は一度国道に出てから川沿いを走り、

 

再び山側へ折れると、

そこからは延々と山道を登っていった。

 

道は悪く、

 

割れた岩のかけらのようなものが、

アスファルトの上のそこかしこに転がっている。

 

「これって落石じゃないのか」

 

と師匠はぶつぶつ言いながらも、

慎重に石を避けていく。

 

昨日より幾分日差しは穏やかで、

 

車の窓を開けると、

風が入ってちょうどいい涼しさだ。

 

山の斜面に、

 

蛇の黒い胴体を見た気がして

身を乗り出した時、

 

後部座席のCoCoさんがふいに口を開いた。

 

「バイクから、離れない方がいい」

 

さっきまで隣の京介さんを意味なく

くすぐって騒いでいたのに、

 

一変して真剣な響きの声だったので、

思わず前方に視線を移す。

 

ユキオを見失いそうになっている

のかと思ったが、

 

適度な距離を保ったまま、

車はついていけている。

 

どういう意味だったのだろうと、

CoCoさんの方を振り返ろうとした時、

 

不思議なことが起こった。

 

ユキオの原付が加速した様子もないのに、

スルスルと先へ先へと遠ざかっていくのだ。

 

坂道でこっちの車の速度が落ちたのかと

一瞬思ったが、

 

そうではない。

 

速度メーターは同じ位置を指したままだ。

 

何が起こっているのか理解できないうちに

車は原付から離され、

 

ユキオの白いヘルメットは

こちらを振り向きもしないで、

 

曲がりくねる山道の奥へと

消えて行こうとしていた。

 

「アクセル」

 

京介さんが鋭く言ったが、

 

師匠は「踏んでる」とだけ答えて、

真剣に正面を見据えている。

 

こちらが遅くなったわけでも、

原付が早くなったわけでもない。

 

俺の目には、

道が伸びていっているように見えた。

 

周囲を見回すが、

 

同じような山中の景色が

繰り返されるだけで、

 

一体どこが『歪んで』いるのかわからない。

 

そうしているうちに、

完全にユキオの原付を見失った。

 

道は一本道だ。

 

追いつくまではこのまま進むしかない。

 

師匠は一度ギアを落としたが、

回転音が派手になるだけで効果がない。

 

「まずいなあ」

 

ギアを戻しながら呟く。

 

「これって、なんの祟り?」

 

師匠の軽い調子に、

京介さんは「知らない」と突き放す。

 

俺は今起きていることを信じられずに、

ひたすら目をキョロキョロさせていた。

 

まだ午前中の早い時間帯だ。

 

すべてが冗談のように思える。

 

「実にまずい」

 

前方に目を向けると、

道がますます狭くなっているような気がした。

 

カーブもきつくなっていて、

 

フロントガラスの向こう側の景色は、

一面に屹立する木、木、木。

 

緑色と山の黒い地肌が、

壁となって迫ってくるかのようだ。

 

ギリギリ二車線の幅が、

今は完全に一車線になっている。

 

ガードレールも消えさってしまった。

 

右側は渓谷だ。

 

転落したらまず命はない。

 

反応を見る限り、

 

俺が見ているものを他の3人も

見ているのは間違いない。

 

集団幻覚?

 

そんな言葉が頭をよぎる。

 

しかし、車のアクセルの効果まで、

そんなものに束縛されてしまうのだろうか。

 

「なあ」

 

と師匠がCoCoさんに呼びかけた。

 

「これって、夢じゃない?」

 

CoCoさんは首を横に振る。

 

師匠は少し経ってから頷く。

 

奇妙なやり取りだ。

 

「なにか他に異変が起きてくれれば、

ヒントになるんだけどな。

 

たとえば木の枝に人間が

釣り下がっているとか・・・」

 

囁くような師匠の口調に、

思わず身を竦める。

 

本当に周囲の山林の中に、

そんな不気味な光景が現れるような気がして、

 

チリチリとうなじの毛が逆立つ。

 

前へ伸びる道と後ろへ伸びる道。

 

その両端が、

 

曲がりくねる山のどこかで繋がっている

ようなイメージが頭を掠め、

 

ゾクリとした。

 

師匠は迫ってくる鋭いカーブに、

際どくハンドルを切り続けている。

 

まるで、

止まることを畏れているようだった。

 

異変、異変。

 

そんなフレーズが

頭の中で繰り返されていると、

 

視線の中に見覚えのあるものが

チラッと映った気がした。

 

山の斜面に目を凝らすが、

あっと言う間に通り過ぎる。

 

少しして前方にもう一度、

同じものが現れた。

 

それを見た瞬間、

俺は叫んだ。

 

「蛇が!」

 

師匠が素晴らしい反応でブレーキを掛ける。

 

車はカーブする斜面に、

半ば擦りそうになりがら止まった。

 

京介さんが後部座席のドアを開けて

飛び降りる。

 

そして、

 

すぐさま木の根っこをよじ登り、

山肌に横たわった黒い蛇の姿をとらえた。

 

俺たちも車から降りて近づく。

 

見ると、

 

その黒い頭には長い釘が深々と

突き通っている。

 

頭から顎まで貫かれて地面に縫い付けられ、

蛇は死んでいた。

 

丈の短い草の中にのたうつその体が、

 

地下水のように湧き出た

どす黒い血のように見える。

 

京介さんが右手の指を絡ませ、

その釘を抜いた。

 

その瞬間、上空から。

 

上空からとしか言いようがない場所から、

耳をつんざく様な悲鳴が聞こえた。

 

男とも女とも、

そして人とも獣ともつかない声だった。

 

しかし次の瞬間、

説明しがたい感覚なのであるが、

 

一瞬にしてそれが幻聴だと

わかったのだった。

 

そしてなにか、

 

目の前の光景が

今にもペロリと裏返りそうな、

 

そんな不気味な予感に襲われる。

 

ざわざわと木の枝が鳴って、

俺は足を棒のように固まらせていた。

 

(続く)田舎(中編) 5/5

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