坂 1/2

山道

 

大学1回生の夏。

 

『四次元坂』

 

という、地元ではわりと有名な

心霊スポットに挑んだ。

 

曰く、夜にその坂でギアを

ニュートラルに入れると、

 

車が坂道を登っていくというのだ。

 

その噂を聞いて、

僕は俄然興奮した。

 

居たのやら居なかったのやら

分からないような、

 

お化けスポットとは違う。

 

車が動くというのだから、

なんだか凄いことのような気がするのだ。

 

とはいえ一人では怖いので、

二人の先輩を誘った。

 

夜の1時。

 

僕は人影のない最寄の駅の前で、

ぼーっと立っていた。

 

隣には僕が師匠と仰ぐ、

オカルトマニアの変人。

 

やはり、

ぼーっと立っている。

 

いつもなら僕がそんな話を持って行くと、

 

即断即決で『じゃあ行こう』、

ということになる人なのだが、

 

その時は肝心の車がなかった。

 

師匠の愛車のボロ軽四は、

 

原因不明の煙が出たとかで

修理に出していたのだった。

 

僕は免許さえ持っていない。

 

そこで車を出せる人を

もう一人誘ったのだが、

 

ある意味で四次元坂よりも

楽しみな部分がそこにあった。

 

闇を裂いてブルーのインプレッサが

駅前に止まる。

 

颯爽と降りてきた人はこちらに手を

振りかけてすぐに降ろした。

 

「なんでこいつがいるんだ」

 

京介さんという、

僕のオカルト系のネット仲間だ。

 

「こっちの台詞だ」

 

師匠がやり返して、

すぐに険悪な空気に包まれる。

 

「まあまあ」

 

と取り成す僕に師匠が、

 

「どうしてお前はいつも、

 

俺とこいつが一緒になるように

仕向けるんだ」

 

というようなことを言った。

 

面白いからですよ。

 

とはなかなか言えないので、

代わりに「まあまあ」と言った。

 

師匠と京介さんは仲が悪い。

 

強烈に悪い。

 

それは初対面の時に

京介さんが師匠に向かって、

 

「なんだこのインチキ野郎は」

 

と言ったことに端を発する。

 

お互い多少系統は違えど、

 

オカルトフリークとしては人後に落ちない

自負があるらしい。

 

※人後に落ちない(ことわざ)

他人に先を越されない。ひけをとらない。

 

いわば、

磁石のS極とS極だ。

 

反発するのは仕方のないことかも知れない。

 

「まあまあ、

 

四次元坂の途中には同じくらいの

激ヤバスポットもありますし、

 

とりあえず楽しんで行きましょう」

 

なんとか二人をなだめすかして、

車に押し込める。

 

当然、師匠は後部座席で、

僕は助手席だった。

 

「狭い」

 

師匠の一言に、

京介さんが「黙れ」と言う。

 

「くさい」と言った時は、

 

車を止めてあわや乱闘、

というところまでいった。

 

やっぱりセットで呼んでよかった。

 

最高だ、この二人は。

 

そんな気分をぶっ壊すようなものが、

いきなり視界に入ってきた。

 

対向車もいない真夜中の山中で、

 

川沿いの道路の端に巨大な地蔵が

浮かび上がったのだった。

 

比較物のない夜のためか、

異常に大きく見える。

 

体感で5メートル。

 

「あれが見返り地蔵ですよ」

 

車で通り過ぎてから振り返ると、

側面のはずの地蔵がこっちを向いていて、

 

それと目が合うと必ず事故に遭う、

という曰くがある。

 

二人が喜びそうな話だ。

 

喜びそうな話なのに、

二人とも何も言わず、

 

振り返りもしなかった。

 

ゾクゾクする。

 

怖さのような、

嬉しさのような、

 

不思議な笑いがこみ上げてきた。

 

振り返れないから、

 

僕のイメージの中でだけ、

道端の地蔵は遠ざかり、

 

曲がりくねる闇の中に消えていった。

 

もちろんそのイメージの中では

こちらを向いていた。

 

無表情に。

 

師匠も京介さんも押し黙ったまま、

車は夜道を進んだ。

 

イライラしたように京介さんは

ハンドルを指で叩く。

 

やがて、

道が二手に分かれる場所に出た。

 

「左です」

 

という僕の声に、

ウインカーも出さずにハンドルが切られる。

 

左に折れると、

すぐに上り坂が始まった。

 

「どこ」

 

「ええと、たしかもう、

この辺りからそのはずですが」

 

あくまで噂では。

 

京介さんは車を停止させると、

ギアをニュートラルに入れた。

 

・・・

 

ドキドキするのも一瞬。

 

じりじりと車は後退した。

 

京介さんはため息をついて

ブレーキを踏んだ。

 

「あー、ちょっと楽しみ

だったんだけどなぁ」

 

僕も残念だ。

 

たしかに、

 

本気でそんな坂があるなんて、

信じていたかと言われれば否だが。

 

すると師匠が、

 

「ライト消して」

 

と言いながら車を降りた。

 

手には懐中電灯。

 

3人とも車を降りると、

 

周囲になんの明かりもない

山道に突っ立った。

 

「まあ、多分こういうことだな」

 

と、師匠はぼそぼそと話し始めた。

 

(続く)坂 2/2

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