坂 2/2
この山中の坂道は緩やかな
上り坂になっているわけだが、
道の先を見ると、
路側帯の白線が微妙に曲がり、
おそらく、幅が途中から
変わっているようだ。
それが遠近感を狂わせて、
上り坂を下り坂に錯覚させるのではないか。
周囲に傾斜を示すような
比較物が少ない闇夜に、
微かな明かりに照らされて浮かび上がった
白線だけを見ていると、
そんな感覚に陥るのだろう。
師匠の言葉を聞くと不思議なことに、
さっきまで上り坂だった道が、
下向きの傾斜へと変化していくような
気がするのだった。
「つまり、
ハイビームでここを登ろうとする
無粋なことをしなければ、
もう少し楽しめたんじゃない?」
師匠の挑発に、
京介さんが鼻で笑う。
「あっそ。
じゃあここで置いていくから、
存分に錯覚を楽しんだら」
「言うねえ。
四次元坂なんて信じちゃう、
かわいいオトナが」
虫の声が遠くから聞こえるだけの静かな道に、
二人の罵り合う声だけが響く。
しかし、
京介さんの次の言葉で
その情景が一変した。
「どうでもいいけど、おまえ、
後ろ振り向かない方がいいよ。
地蔵が来てるから」
零下100度の水を、
いきなり心臓に浴びせられたような
ショックに襲われた。
京介さんの子供じみた脅かしにではない。
その脅しを聞いた瞬間に、
師匠が凄まじい形相で
自分の背後を振り返ったからだ。
驚愕でも恐怖でもない。
なにかひどく温度の低い感情が
張り付いたような表情で。
しかしもちろん、
そこには闇が広がっているだけだった。
その様子を見た京介さんも息をのんで、
用意していた嘲笑も固まった。
おいおい、
笑うところだろ。
騙された人を笑うところだろ。
そう思いながらも、
夜気が針のように痛い。
※夜気(やき)
夜の冷たい空気。
「すまん」
と京介さんが謝り、
なんとも後味悪く3人は車に戻った。
師匠は後部座席に沈み込み、
一言も口を利かなかった。
そして僕らは件の地蔵の前を通ることもなく、
県道を大回りして帰途に着いたのだった。
師匠を駅前で降ろして、
僕を送り届ける時に京介さんは
頭を掻きながら、
「どうして謝っちまったんだ」
と吐き捨てて、
とんでもないスピードで
インプレッサを吹っ飛ばし、
僕はその日一番の恐怖を
味わったのだった。
(終)
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