草むらの陰から見た恐ろしい光景
もう10年以上も前になる。
これまでトラウマで人に話した事は無いけれど・・・。
霊的なものではなく、生きた人間にまつわる怖い話。
その頃、初めての車を買った俺は、とにかく運転がしたくて一人で夜中に少し離れた県の海沿いへドライブに出掛けた。
数時間ほど走った深夜、小便がしたくなった。
人気も無い所だったけれど車が来たら嫌なので、さらに路地に入った所に車を止めてから用を足した。
長時間の運転に疲れていた俺は、体を伸ばすついでに少し散歩をしようと思った。
丈の高い草むらの間の道を海の方へ向かってブラブラ歩いていると、「ゲッゲッ」という蛙の鳴き声のような音が聞こえてきた。
一生この記憶と付き合うのかと思うと・・・
「蛙か~」と思い、何となく立ち上まって聞いていると、その蛙の鳴き声に混じって「ハァハァ」という人の息遣いみたいなものが聞こえてきた。
一瞬ビックリしたけれど、「もしかしてこんなところで野外エッチか?」と思った俺は、ゆっくりと音を立てないようにそちらへ近付いていった。
草むらの向こうにチラッと人影が見えたので、身を屈めて見やすい位置に移動する。
すると、男らしき人影が女の上に乗って動いているのが見えた。
「本当にやってる!」と思い、目を凝らして見たけれど、エッチにしては何か動きがおかしい・・・。
もっとよく見ているうちに、とんでもない事に気が付いた。
男は手に刃物らしきものを持っていて、それを女の喉に何度も突き刺している。
その度に女の口から「ゲッゲッ」という声が出ていた。
俺は一気に腰の力が抜け、そこからはただ見ているだけだった。
女は手を振り回して抵抗していたけれど、こちらから見える手の指は全部、半分ほど先がぶらぶらしていて抵抗になっていなかった。
男が何度も刺しているうちに段々と女が動かなくなり、ようやく男が刺すのをやめた。
その時、別の方から「ガサガサ」という音と、何人か人が来る気配がした。
誰か来たと思い、俺は気を取り直して腰を浮かせかけたが、「おい、終わったか?」という声がしたので、またしゃがんでじっとした。
他人が通りかかったと思ったけれど、どうやら男の仲間だった。
(他人が通りかかるような場所ではないが・・・)
危うく立ち上がるところだった・・・。
もしあの時に立ち上がっていたら、俺はこの世にいなかったと思う。
「派手にやったな」
「お前、服汚し過ぎだろ、バカ」
「トドメ刺したか」
・・・・・
などと言っている声に混じり、笑い声まで聞こえてきた。
俺は心底怯え、本当に息を殺していた。
しばらくすると、さらに人が来る気配がした。
見ると、全部で5~6人の男たちがいた。
後から来た男の手には、女の死体を入れるものと思われる黒い袋があった。
よく聞き取れなかったが、「車・・・黒い・・・」と聞こえ、俺の車の事を言っている様子だった。
男たちの一人が「シッ!」と言っては全員を静かにさせ、耳をそばだてていた。
俺は心臓が破けそうなくらいバクバクし、「とにかく早く家に帰りたい」と、そればかり考えてじっと動かないでいた。
やがて、女の死体を入れたと思われる袋のジッパーを閉める音がした。
水をぶちまける音がしたり、あと何だか分からないが、糞の臭いが強烈にしていた。
そっと覗くと、女の死体を抱えて皆で帰るようだった。
俺はとにかく息する音もしないように、ただひたすらじっとしていた。
男たちが居なくなっても暫くじっとしていたが、今度は何台かの車の音が近付いてきて、少し離れた所で止まった。
明らかに俺の車の方だった。
車のドアの開け閉めの音がした瞬間、反射的に体が動き、俺は車から離れるように海の方へダッシュした。
狭い砂浜に出てから横に全力で走り、別の草むらに入るとうつ伏せになってじっとしていた。
離れすぎて車の音は聞こえないけれど、とにかく俺はじっとしていた。
携帯も財布も全部、車に置いてきている。
「窓を破られたら身元がバレる!」と思い、気が気では無かったけれど、とにかく空が明るくなるまで何時間もじっとしていた。
辺りがようやく明るくなり始めた頃、釣竿を持った人が現れたが、俺は警戒して出て行かなかった。
さらに明るくなってきた頃、犬を散歩する人なども砂浜に現れ始めたので、俺も散歩のフリをして、やっと草むらから出られた。
砂浜をしばらく散歩するフリをしてから、車の方へ行ってみた。
もちろん、昨日の殺人現場の方には顔も向けないで歩いた。
俺の車の後ろには赤いマーチが停まっていたけれど、昨夜の男たちの車では無さそうだった。
車は窓も破られていないし、特に変わったところは無いみたいだった。
・・・その時はそう思った。
それでも念の為、そのまま車の横を通り過ぎ、そこから何キロも離れた旅館や民宿がある辺りまで歩いた。
そこでさらに時間を潰した頃、ようやく車の近くの砂浜まで戻り、怪しい人影が無いのを確認してからやっと車に乗った。
エンジンかけた瞬間にすぐさまアクセルを踏み、猛スピードでその場所から逃げた。
高速に乗ってからようやく落ち着き、サービスエリアで水を買って一気に飲んだ。
「警察に電話しなくては・・・」と思いながらも、怯えてする勇気が出ない。
迷いながら車に戻り、そして気付いた。
乗る時には分からなかったけれど、助手席側のドアに30センチほど、刃物で付けたような傷が入っていた。
警察に電話をするのはやめた。
それ以降、車には乗らなくなり、車も売った。
数年前に転勤で遠くに引越したので、もうその海岸のある県に行く事もないだろう。
こういったトラウマ抱えてしまうと、人と接したくなくなるので、転勤を機に以前の友達とは連絡も取らなくなった。
一生この記憶と付き合うのかと思うと憂鬱になる。
(終)