将棋 1/2

 

将棋

 

師匠は将棋が得意だ。

 

もちろん将棋の師匠ではない。

 

大学の先輩で、

オカルトマニアの変人である。

 

俺もまたオカルトが好きだったので、

師匠師匠と呼んでつきまとっていた。

 

大学1回生の秋に、

 

師匠が将棋を指せるのを知って、

勝負を挑んだ。

 

俺も多少の心得があったから。

 

しかし、結果は惨敗。

 

角落ち(ハンデの一種)でも

相手にならなかった。

 

一週間後、

 

パソコンの将棋ソフトをやり込んで

カンを取り戻した俺は、

 

再挑戦のために

師匠の下宿へ乗り込んだ。

 

結果、

 

多少善戦した感はあるが、

やはり角落ちで蹴散らされてしまった。

 

感想戦の最中に、

師匠がぽつりと言った。

 

「僕は亡霊と指したことがある」

 

いつもの怪談よりなんだか楽しそうな

気がして身を乗り出した。

 

「手紙将棋を知ってるか」

 

と問われて頷く。

 

将棋は普通、

長くても数時間で決着がつく。

 

1手30秒とかの早指しなら

数十分で終わる。

 

ところが、手紙将棋というのは

盤の前で向かい合わずに、

 

お互い次の手を手紙で書いて

やり取りするという、

 

なんとも気の長い将棋だ。

 

風流すぎて、

若者には理解出来ない世界である。

 

ところが師匠の祖父は

その手紙将棋を、

 

夏至と冬至だけというサイクルで

していたそうだ。

 

夏至に次の手が届き、

冬至に返し手を送る。

 

年に2手しか進まない。

 

将棋は1勝負に100手程度かかるので、

終わるまでに50年はかかる計算になる。

 

「死んじゃいますよ」

 

師匠は頷いて、

祖父は5年前に死んだと言った。

 

戦時中のことだ。

 

前線に出た祖父は

娯楽のない生活のなかで、

 

小隊で将棋を指せる

ただひとりの戦友と、

 

紙で作ったささやかな将棋盤と駒で、

飽きることなく将棋をしていたという。

 

その戦友が負傷をして

本土に帰されることになった時、

 

二人は住所を教えあい、

ひとときの友情の証しに、

 

戦争が終われば手紙で将棋をしよう、

と誓い合ったそうだ。

 

戦友は北海道出身で、

住むところは大きく隔たっていた。

 

戦争が終わり復員した祖父は、

約束どおり冬至に手紙を出した。

 

『2六歩』

 

とだけ書いて。

 

夏至に『3四歩』とだけ書いた

無骨な手紙が届いた時、

 

祖父は泣いたという。

 

それ以来、

年に2手だけという将棋は続き、

 

祖父は夏至に届いた手への返し手を

半年かけて考え、

 

冬至に出した手にどんな手を返してくるか、

半年かけて予想するということを、

 

それは楽しそうにしていたそうだ。

 

5年前にその祖父が死んだ時、

将棋は100手に近づいていたが、

 

まだ勝負はついていなかった。

 

師匠は祖父から将棋を学んでいたので、

 

ここでバカ正直な年寄りたちの

生涯をかけた遊びが、

 

途切れることを残念に思ったという。

 

手紙が届かなくなったら

どんな思いをするだろう。

 

祖父の戦友だったという将棋相手に

連絡を取ろうかとも考えた。

 

それでもやはり悲しむに違いない。

 

ならばいっそ自分が祖父のふりをして

次の手を指そう、

 

と考えたのだそうだ。

 

宛名は少し前から家の者に

書かせるようになっていたので、

 

師匠は祖父の筆跡を真似て、

『2四銀』と書くだけでよかった。

 

応酬はついに100手を超え、

勝負が見えてきた。

 

「どちらが優勢ですか」

 

俺が問うと、

師匠は複雑な表情でぽつりと言った。

 

「あと17手で詰む」

 

こちらの勝ちなのだそうだ。

 

2年半前から詰みが見えたのだが、

それでも相手は最善手を指してくる。

 

華を持たせてやろうかとも考えたが、

向こうが詰みに気づいてないはずはない。

 

それでも投了せずに続けているのは、

 

この遊びが途中で投げ出して

いいような遊びではない、

 

という証しのような気がして、

胸がつまる思いがしたという。

 

(続く)将棋 2/2

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