将棋 2/2

 

将棋

 

「これがその棋譜」

 

と、師匠が将棋盤に

初手から示してくれた。

 

2六歩、3四歩、7六歩・・・

 

矢倉に棒銀という、

古くさい戦法で始まった将棋は、

 

1手1手のあいだに長い時の流れを

確かに感じさせた。

 

俺も将棋指しの端くれだ。

 

今でははっきり悪いとされ

指されなくなった手が迷いなく指され、

 

十数手後にそれをカバーするような

新しい手が指される。

 

戦後進歩を遂げた将棋の歴史を

見ているような気がした。

 

7四歩突き、同銀、6七馬・・・

 

局面は終盤へと移り、

勝負は白熱していった。

 

「ここで僕に代わり、

2四銀とする」

 

師匠はそこで一瞬手を止め、

また同馬とした。

 

次の桂跳ねで、

細く長い詰みへの道が見えたという。

 

難しい局面で、

俺にはさっぱりわからない。

 

「次の相手の1手が投了ではなく、

 

これ以上無いほど最善で、

そして助からない1手だった時、

 

僕は相手のことを知りたいと思った」

 

祖父と半世紀に渡って、

 

たった1局の将棋を指してきた

友だちとはどんな人だろう。

 

思いもかけない師匠の話に、

俺は引き込まれていた。

 

不謹慎な怪談と傍若無人な行動こそ、

師匠の人となりだったからだ。

 

経験上、

 

その話には大抵嫌なオチが

待っていることも忘れて・・・

 

「住所も名前も分かっているし、

調べるのは簡単だった」

 

俺が想像していたのは、

80歳を過ぎた老人が、

 

古い家で旧友からの手紙を

心待ちにしている図だった。

 

ところが、

師匠は言うのである。

 

「もう死んでいた」

 

ちょっと衝撃を受けて、

そしてすぐに胸に来るものがあった。

 

師匠が相手のことを思って

祖父の死を隠したように、

 

相手側もまた、

 

師匠の祖父のことを思って

死を隠したのだ。

 

いわば、優しい亡霊同士が

将棋を続けていたのだった。

 

しかし、

師匠は首を振るのである。

 

「ちょっと違う」

 

少しドキドキした。

 

「死んだのは1945年2月。

 

戦場で負った傷が悪化し、

日本に帰る船上で亡くなったそうだ」

 

ビクっとする。

 

俄然、グロテスクな話に

なっていきそうで。

 

では、師匠の祖父と手紙将棋を

していたのは一体何だ?

 

『僕は亡霊と指したことがある』

 

という師匠の一言が頭を回る。

 

師匠は青くなった俺を見て笑い、

 

「心配するな」

 

と言った。

 

「その後、

向こうの家と連絡を取った」

 

こちらのすべてを明らかにしたそうだ。

 

すると向こうの家族から、

長い書簡が届いたという。

 

その内容は以下のようなものだった。

 

祖父の戦友は船上で死ぬ間際に、

家族に宛てた手紙を残した。

 

その中にこんな下りがあった。

 

『私はもう死ぬが、

 

それと知らずに私へ手紙を書いてくる

人間がいるだろう。

 

その中に将棋の手が書かれた

間抜けな手紙があったなら、

 

どうか私の死を知らせないでやってほしい。

 

そして出来得れば、

私の名前で応答をしてほしい。

 

私と将棋をするのを

なにより楽しみにしている、

 

大バカで気持ちのいいやつなのだ』

 

師匠は語りながら、

盤面を進めた。

 

4一角・・・

3二香・・・

同銀成らず・・・

同金・・・

 

その同金を角が取って成った時、

涙が出た。

 

師匠に泣かされたことは何度もあるが、

こういうのは初めてだった。

 

「あと17手、

 

年寄りどもの供養のつもりで

指すことにしてる」

 

師匠は指を駒から離して、

 

「ここまで」

 

と言った。

 

(終)

次の話・・・「

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