滅多に人が訪れない山の頂上に

山

 

遺伝とは怖いもので、デブの俺の娘も小学校高学年になると太ってきた。

 

ダイエットも兼ねて、近くの山に二人で登ることを毎週行うようになった。

 

頂上まで1時間少しかけて登る。

 

こんなことを数ヵ月して、俺の腹も娘も少し鍛えられてきた3月の末頃。

 

うるさいくらいのウグイスの声を聞きながら下山していると、娘が「○○テレビしようよ」と言ってきた。

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誰もいない林から聞こえる声

○○テレビとは、地方局のテレビCMっぽい口調で、チープなCMを即興で考えて喋ること。

 

暇な時に車で見える看板の店や会社のCMを即興でやるのだが、妻は「また始まったの・・・」と呆れ顔。

 

しかし、なぜか娘は大好きで、上手に合いの手を入れるようにもなってきていた。

 

遺伝とは恐ろしい・・・。

 

ホントにバカみたいな、他人から見たら何が面白いのか分からない遊び。

 

「お題は?」

 

「じゃあ、近所に出来た紳士服のシマダ」

 

「男の色気は身だしなみから。あなたのファッションをリードする紳士服のシマダ。2パンツセットで19800円から。紳士服のシマダはフレッシュマンを応援しています」

 

そして娘が、「今ならブライダルフェア実施中~」と締めた。

 

「紳士服でブライダルフェアはおかしいやろ~」と、娘と笑い合った。

 

「次はオレな。お題は仏壇仏具の木村屋」

 

「どこに行くの?木村屋。お気に入りは?木村屋。葬儀のことなら?木村屋。仏壇仏具は?木村屋。なんでも揃~う、木・村・屋~」と娘が言った後、自分たちの右手の林から「ブライダルフェア ジッシチュウ!!」という声が聞こえてきた。

 

可愛いが、気味悪い。

 

何というか、インコの鳴き真似のような声。

 

固まる二人。

 

「聞こえた?」

 

「ああ」

 

「人間っぽくないよね?」

 

「物の怪の類っぽいな」

 

そしてもう一度、「ブライダルフェア ジッシチュウ!!」と、誰もいない林から聞こえる。

 

「逃げろー!」と、急いで下山した。

 

下の駐車場まで来ると、頂上の石碑まで青空をバックによく見える。

 

頂上に木は生えておらず、不思議とよく見えるのだ。

 

頂上にはオレンジ色ウインドブレーカーを着た『ヒトガタ』が見える。

 

※ヒトガタ

南極に出没するといわれているUMA(未確認生物)。別名「ニンゲン」。(ピクシブ百科事典より

 

登り口はここにしかなく、滅多に人が訪れないこの山の駐車場に車は止まっていないのに・・・。

 

俺のウインドブレーカーとそっくりなのが、この距離でも分かる。

 

「誰ともすれ違っていないよな?」

 

「うん・・・」

 

「あれ、どう思う?」

 

「わかんない・・・」

 

娘は半泣きなので、急いで帰宅した。

 

あのヒトガタが、あの声と関係あるのかどうかは分からない。

 

その後の事。

 

その山の下には高速道路が走っていて、自分たちが車で旅行をする時は必ずこの山の下を通る。

 

数週間後、ディズニーランドへ行くために、山の下の高速を通った。

 

何気なく頂上を見ると、石碑のシルエットとオレンジの・・・ヒトガタ!!

 

「見てみ。あれやな」と娘。

 

「何なん?」と妻。

 

加速する俺。

 

・・・ということがあり、1年半ぐらいずっとそのヒトガタは自分たちが見た限り、いつもそこにいた。

 

一度、日曜の昼下がりに自宅から望遠鏡で覗くと、石碑と共にもう一つのシルエットが見えた。

 

妻の発信で、近所やママ友同士の噂になり、登山を決行した猛者もいたそうな。

 

しかし、中腹の見通しの良いところまでまで見えているヒトガタは、頂上が見えなくなる行程を経て頂上に登るといなくなっているらしい。

 

ポツリポツリとヒトガタがいない時があり、娘が中学校に上がる頃には、いつのまにかヒトガタも消えてしまった。

 

娘はスリムになって彼氏が出来たらしく、俺に付き合って遊ぶことも少なくなった。

 

オレンジ色のウインドブレーカーは今も現役。

 

なぜヒトガタが俺と同じ服を着ていたのかは今も分からない。

 

それに、「ブライダルフェア ジッシチュウ!!」が何であったかも分からない。

 

(終)

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