美味しすぎた水の源泉
大学生になり上京してきた俺は、
あるマンションで一人暮らしを始めた。
そこはワンルームのマンションで、
玄関からキッチンを抜けて
部屋へと入っていく、
よくあるタイプのものだ。
なかなか綺麗なマンションだが、
俺がこのマンションを選んだ真の理由は
水道から出る水だ。
特殊なろ過機でも使ってるのだろうか?
とにかく、このマンションの
水道から出る水は美味かった。
それはもう、田舎暮らしで
東京の水道水には馴染めなかった俺には
本当に有難かった。
けれど、俺はそのマンションに住み始めてから
一週間が経った頃から、
毎晩のように熱にうなされるようになった。
暑くて暑くてたまらない。
夜中に目を覚ました俺は、
蛇口にむしゃぶりつくように
あの美味い水を飲んだ。
本当に美味かった。
それから一ヶ月が過ぎた。
俺はその頃から毎晩、
幽霊を見るようになった。
それも、一人や二人じゃない。
幽霊の行列だ。
窓の無い東側の壁から現れて、
俺のベッドがある西側の壁へと消えてゆく。
その時、幽霊たちは俺の体を踏んでいく。
その度に、俺はあの暑さに襲われ、
美味い水を飲んだ。
しかし、そんな状況にあっても、
俺はこの部屋を出ようとは思わなかった。
水が本当に美味かったからだ。
俺は、少しおかしくなっていた
のかもしれない・・・。
二ヶ月も経つと、
俺は講義にも行かず、
一日中、美味い水を飲んでいた。
ノズル付きのホースで部屋まで引っ張って、
ベッドでも飲んだ。
当然、そんな量の水を
胃が受け付けるわけが無い。
だから俺は、
床にびちゃびちゃと吐き出しながら
美味い水を飲んだ。
物を食べても、
水と一緒に吐き出してしまう俺は、
次第に痩せ細り、ガリガリになっていた。
頭もおかしくなっていた。
幽霊に怒りを覚えていた俺はその夜、
東側の壁を引っ掻いた。
奇声を発しながら、
ところ構わず引っ掻いた。
すると、壁紙が剥がれた所に、
赤い部分がある。
それに気付いた俺は、
壁紙を剥がすようにさらに引っ掻いた。
そして、それは現れた。
真っ赤な鳥居が、東側の壁左寄りに
大きく書かれていたのだ。
突然と恐ろしくなった俺は、
もっとあの美味い水を飲まなくては、と思った。
やっぱり俺は頭がおかしい。
蛇口から飲むんじゃ足りないと思った俺は、
部屋を飛び出し階段を駆け上がった。
階段を駆け上がり、屋上に辿り着いた。
意外にも、入り口の鍵は掛かっていなかった。
そして俺は、貯水タンクに向かって走った。
そうだ、俺は貯水タンクに浸って、
思う存分美味い水が飲みたかったのだ。
タラップに手を掛け、
2メートルほどのタンクの上に登り、
蓋に手を掛けた。
蓋には鍵が掛かっていたけれど、
美味い水が飲みたかった俺は、
必死になってこじ開けた。
今にして思えば、
とんでもない力が出ていたと思う。
そして、開いたタンクの中に飛び込んだ。
だけど水は美味くなかった。
とてつもなく不味くて臭かった。
気持ち悪い。
それよりも何よりも、
俺はタンクの中に驚いた。
毛を毟られネットに入れられた猫が、
何十匹とタンクの中に放り込まれていたからだ。
俺はその日の晩飯と、
美味かった水を吐き出した。
そしてタンクから飛び出し、
近くの交番へ駆け込んだ。
その後、大慌てでやってきた大家さんに
こっぴどく叱られた。
壁紙とタンクの蓋を破壊したのだから当然だが、
どうも犯人と勘違いされたらしい。
なんとか誤解は解けたが、結局、
壁紙とタンクの蓋は弁償させられた。
俺はその後、そのマンション引き払って
別のアパートから大学に通い、
5年かかったがなんとか卒業した。
あの事件の犯人は捕まらず、
何故あんな事をしたのかも解らずじまいだ。
何かの呪いだったのだろうか?
(終)
タグ:ワンルームマンション, 上京, 大学生, 水道水, 貯水タンク
タンクの蓋に鍵かかってたなら、鍵の持ち主が猫を入れたんじゃないか?