山で遭遇した着ぐるみのような熊
※この話を読む前にこちらの話を
これは、去年の夏に職場の仲間4人と丹沢湖に行った時の話。
湖へは車で行き、貸しキャンプ場をベースにして釣りとハイク程度の山歩きが目的の旅行。
それは3泊4日の3日目の事だった。
そろそろ釣りも飽きてきたので、午後から林道の横の細い道をぶらぶら歩いていた。
林道は不老山方面に抜ける道だったと思うが、山までは行く気がなくて途中で引き返す予定だった。
しばらくして、仲間の一人が「あっ、熊だ!」と横の茂みを指差した。
見ると、10メートルくらい向こうにいるのは確かに熊なのだが、なにか変だった。
奇妙な熊の正体
普通の熊よりもずっと明るい茶色をしていて、顔はゆるキャラよりはリアルで熊らしかったが、どう見ても作り物の熊。
それが四足で歩いていたのだ。
「なんだあれ?着ぐるみじゃないか?変わった奴がいるな」
そんな程度の会話をしたが、その熊が道の脇の藪の中をずっと付いてくる。
「何してんすかー?」
そう声をかけたが、返事はなし。
何かの撮影をしているわけでもない。
かなり分厚い着ぐるみだったので声が出せなかったかもしれないが。
それが20分間くらいにわたって、俺たちの横を見え隠れしながら付いてきた。
考えられない。
それほど草丈はなかったが藪の斜面で四足なのだから、普通の人間の体力が持つわけがない。
あまりに変なので、途中4人で走ったりもしてみた。
・・・が、熊も付いて走ってくる。
ただ動物の走り方とは違っていたが。
俺たちは意を決して、皆で近づいて見ようとした。
すると、熊の頭上の木の葉がザザザッと揺れて、近寄る前に峪(たに)の方へダイブして去って行った。
俺たちはなんとか藪に入って上から探したが、熊の姿は見えず。
その夜、最後の1泊ということもあり、テントをやめてロッジを借り、食事も頼んだ。
キャンプの管理棟に行った時に熊の話をしてみたが、首を傾げられるばかりだった。
夜の10時頃、皆酔っ払ってかなりグダグダだったが、昼に見た熊の話をしていた。
「ありえねえよ」ばっかりだったが。
その後、鈴木が外のトイレに行くと言って出ていったが、5分くらいしてロッジに駆け込んできた。※名前は仮名
「熊だよ!あの熊がいて、正体は女だった!」
そう言う。
俺たちは訳が分からない。
面白そうだからと一緒に外に出たが、熊がいたという共同炊事場には何もいない。
ロッジに戻って詳しく話を聞いてみた。
鈴木曰く、炊事場の屋根の下に熊がうつ伏せになっていた。
うつ伏せのまま、かなり苦労して背中のチャックらしいのを開けた。
そして、背中から裸の女が出てきた。
女は髪が長くて眉が太い、昭和風の美人だった。
こちらに気づくと、ニヤッと笑ってから着ぐるみを持って凄い速さで走り去っていった。
こんな感じだったらしい。
酔っ払って幻を見たというのは簡単だが、昼間の奇妙な熊は俺たちも見ているので完全否定も出来ない。
キャンプ場の区画の外は真っ暗闇なので探しに行くわけにもいかなかったので、結局はそのまま1時過ぎまで酒を飲んで寝てしまった。
朝まで特に何もなかった。
4日目はボートで釣りをして昼過ぎに帰って来たのだが、熊の女を見た鈴木はずっとボーっとしていた。
心ここにあらず、という感じだった。
それ以降、鈴木は土日の度に丹沢湖へ行くようになった。
一緒に行こうか?と言っても、首を横に振る。
そのうち、年休を取って山に入るようになった。
何やってんだ?と聞くと、「あの熊の女を探している。凄い筋肉の尻が忘れられない」と言うのだ。
そして12月のある月曜日、職場で顔を合わせた時に「仕事を辞める」と言い出した。
さらには「山で女と暮らす」と。
次の日から鈴木は所在不明になってしまった。
アパートも引き払っていた。
鈴木の実家からは親も出てきて、警察にも捜索願を出した。
俺たちは警察署に行って「鈴木が丹沢湖に始終行っていた」という話はしたので、捜索したかもしれないがよく分からない。
ただ、今もって鈴木は行方知れずだ。
(終)
前の話の「山の女神の夫探し」に通ずるなにかが・・・。