初めて子を連れて帰省した夜の海辺にて
私の実家があるのは、夏は遊ぶといえば海で泳ぐくらいしか、勉強以外にすることがないド田舎。
これは進学で地元を離れたまま、就職、結婚して、初めて子を連れて帰省した夏の話。
その日の昼間、明らかにはしゃぎ過ぎて、早々に子どもは寝てしまい、両親と夫はまったり晩酌していた。
私は一人で、親になって帰省した自分に浸りたくて、ぶらっと散歩に。
得体の知れないモノと出会う
ここよりは都会で、優しい夫と可愛い子どもに恵まれ、頑張っている私・・・。
この海の町は青春時代のまま・・・などと、派手な勘違いにどっぷりと浸かりつつ、よく泳いでいた浜に向かった。
テトラポットにもたれ、星を愛でる私を精一杯演じて、謎の満足感を味わい、帰ろうかと正面に向き直った時だった。
テトラポットの影に『何か』いるのを目の端で察知した。
犬や猫の大きさではない。
小学生くらいの背丈。
シルエットはガチャピンを雑にしたような感じで、一瞬で背中が冷たくなった。
その得体の知れない雑なガチャピンのようなモノは、私(エリ※仮名)に向かって言う。
「エリっち、もんてきたんけ、ほーけ。わしはいぬるぞな。ほいたらの」(エリっち、帰って来たのか、そうか。わしは帰るよ。またね)
そう呟いていなくなった。
翌日、入院している拝み屋の祖母を見舞った時、「エリっち」という学生時代のあだ名で呼ばれ、古くさい方言で話しかけられた。
私は、「たぶん知り合いのイタズラだろうけど、お盆だし怖かったよ」という話をした。
すると祖母は、「それはエンコかも。エンコはね、エリちゃんが気になるみたいで、地元を出た年からずっと会いたがってて探してたよ」と教えてくれた。
『エンコ』とやらを詳しく知っている口振りだったけど、なんとなく怖くて結局は聞けないまま、しばらくして祖母は他界した。
私の身に起きた唯一の不思議な体験だった。
考察|※参考
文中にある「もんてくる=戻ってくる」は、高知県の方言のようです。
高知県は河童伝説が有名です。
『シバテン』という名の河童が、おじさんに相撲をとろうと誘う民謡(しばてん踊り)もあります。
Wikipediaの記載によると、シバテンは芝天狗という妖怪なのですが、河童の仲間のようです。
また、旧暦6月6日の祇園の日になると、川に入って猿猴(えんこう)になると言われています。
猿猴とは、けむくじゃらの猿に似た河童の一種で、女に化けるという伝承もあります。
(終)