それまでなかった大きな岩が突然そこに
長野県の北八ヶ岳と天狗岳の東山麓にある、しらびそ小屋。
小屋の前にはみどり池、見上げれば東天狗が立ちはだかる。
そんな小屋主のオヤジさんの話によれば、ここでは不思議な出来事が多々あるという。
「小屋番を始めた頃は兄と一緒に仕事をしていてね。その兄が亡くなった時、餌付けをしていたリスが森から何匹も出てきて変な声で鳴くんだ。それも、その時1回きりだった。まあ、可愛がってくれた人を偲(しの)んで鳴くこともあるだろう。動物は人間より賢いからね」
そんなオヤジさんが、どう考えても分からないことが一つあるそうな。
「大きな岩。それまでなかったのに、急にそこにあるんだ。テーブルのような岩で、人間が運ぶには到底無理な大きな岩。ただそこにあるだけなんだけど、不思議でならないんだ」
小屋から中山峠に向け歩くこと1時間、稲子岳に分かれる道に入ると、その岩があった。
「去年までなかったんだ。ある日、通ったらここにあるんだ。誰かがイタズラしたのかとも思ったけど、何トンもあって無理だし、何のために運んだかも分からない」
上から落ちてきたのだろう、と尋ねる前に上を見た。
「周りの樹木は一本も倒れてないでしょ?この岩はね、実はそこにあったんだ」
オヤジさんは5メートル程先を指した。
見るとそこに、岩と同じ大きさの穴がぽっかり開いている。
余程のことでもない限り、岩が自分から飛び出すことは有り得ない。
「ここは天狗岳の麓だから、天狗がテーブルにして宴会でもしたかもな」
オヤジさんは笑った後で岩に腰を掛け、首を傾げながらこう呟いた。
「やっぱり訳がわかんねえ・・・」
(終)