憑きもの筋を調査している研究室にて

犬

 

これは、文化人類学の講義に出ていた先輩から聞いた『憑きもの筋』の話。

 

中部地方にある大学の民俗学研究室で起きた事だそうです。

 

憑きもの筋を調査している教授の研究室で8人の学生がフィールドワークに出ることになり、それぞれ担当を決めました。

 

A子さんは今回のフィールドワークが初めてだったので、憑きもの筋でも一番知られている『犬神』を志望しました。

 

ところが教授から、「犬神はA子君にはまだ難しいと思うなあ。犬神は怖いんだよ。B君とC君で頼む。A子君には『オサキギツネ』をやってもらう」という指示が出されました。

 

そうしてA子さんは、D子さんと一緒にオサキギツネというよく知らない憑きもの筋を調査を、先輩のBさんとCさんという男性が犬神を調査することになったそうです。

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歓迎されなかったせいで・・・

A子さんは録音テープなど取材用の道具を一式準備して、D子さんと北関東にあるお宅を訪ねました。

 

ちょうどその時期は秋で台風の予報が出ており、あちこちの農家が台風に備えて色々と働いていたそうです。

 

ですが、当の憑きもの筋のお宅はのんびりと何もしておらず、それを不思議に思ったと言います。

 

そのお宅を仮に『狐さん』としますが、狐さんは親切にA子さんたちを迎え入れ、立派なお座敷に大旦那様と呼ばれるお爺さんが待っていてくれたそうです。

 

A子さんたちは早速、録音テープを回しました。

 

「オサキギツネは手に乗るような小さな狐の姿をしていて・・・」

 

ふと、お爺さんの話が途切れ、「話をすれば、ほら、オサキギツネが出てきた」、お爺さんはそう言って欄間を指差しました。

 

でも、A子さんたちには分からなかったそうです。

 

狐さんは教授もお世話になっているお宅でした。

 

その日もお夕食と一泊のお部屋を提供して頂いたそうです。

 

夜も更けて録音テープを止めた時、A子さんは台風が心配になり、お爺さんに「大丈夫でしょうか?」と尋ねたそうです。

 

すると、お爺さんはこう答えました。

 

「風も雲もうちを避けて通るから」

 

翌朝、帰る道々では台風の痕跡が沢山あったのに、狐さんのお宅は木の葉一枚落ちなかったように見えたそうです。

 

研究室に戻り、教授やメンバーの前で録音したテープを再生しました。

 

「オオゥオオゥオオゥオオゥオオゥ・・・」

 

なぜか録音したはずの声はなく、奇妙な声が入っているのみでした。

 

「もう一度やってごらん」

 

教授に言われて、A子さんはまた録音したテープを再生しました。

 

「オオゥオオゥオオゥオオゥオオゥオオゥ・・・」

 

その時、女性の先輩が「止めてっ!」と悲鳴をあげました。

 

「その声!それ狐憑きの声!」

 

その先輩は民俗学と平行して能楽を研究していました。

 

能楽で謡われる狐憑きの声とテープの奇妙な声がそっくりだと言うのです。

 

能楽の歴史は室町時代まで遡るそうで、昔の人は怪異の声を知っていたのでしょうか・・・。

 

「大丈夫だよ」

 

皆が唖然としている中で、教授が声をあげました。

 

「残念だけどね。世間に知られまいとするんだよ」

 

その後、A子さんたちはノートの聞き書きをまとめたものの、発表することはしませんでした。

 

そして、もうひとつの憑きもの筋の調査は犬神です。

 

BさんとCさんは今回初めて調査をする犬神筋のお宅に伺ったのですが、行く道々中、乗り気だったはずのBさんが「止めよう。帰ろう」と言い出しました。

 

なんでも、「自分が死ぬ夢をみた」と話すのだそうです。

 

結局Bさんを説き伏せて、二人は犬神さんのお宅を訪ねました。

 

立派な物腰の老人が二人を迎え、色々な話をしてくれるのですが、Bさんは顔を俯けて一言も話さず、Cさんはほとほと困り果てました。

 

ただ老人は、それを意に介する様子もなかったそうです。

 

やがて用意された座敷に案内され、二人はすぐに横になりましたが寝付かれません。

 

夜もかなり更けた頃、廊下に面した障子から、ザワザワと無数の動物が集まってくるような気配がありました。

 

顔を見合わせた二人が飛び起きると、それを合図のように障子が次々に破られ、ネズミのようなモノがなだれ込んで来ました。

 

Cさんは生きた心地もなくずっと目を瞑っていたのですが、Bさんの事が気になって目を開けると、Bさんは呆然とうつろな目を開いて座っていたそうです。

 

翌朝、障子も羽布団も畳もメチャクチャになった部屋でBさんとCさんが呆然と座り込んでいると、犬神さんの若奥さんが「朝食の支度が出来ましたよ」と呼びに来られました。

 

部屋の惨状をどう説明しようかとCさんがしどろもどろになっていると、若奥さんは至って普通に「大丈夫ですよ。初めてのお客様がいらした時にはよくあるんです」と答え、別の座敷に荷物を運んでくれました。

 

支度を済ませて挨拶をすると、老人は「どうもあなた方、歓迎されなかったようです」と、何とも気にかかる言葉を呟きました。

 

二人が地元に帰り着いた時はもう夜になっていて、そのまま駅で別れました。

 

翌朝、大学にいたCさんに「Bさんが亡くなった」という知らせが入りました。

 

Bさんは目を見開き、体中が硬直していたそうです。

 

死因は心臓発作とされました。

 

Bさんのお葬式の後、Cさんは研究室に集まった仲間の前で、「犬神のせいじゃねえだろうなあ。アイツは凄く嫌がってたのに俺が無理やり連れて行ったんだ」と、喪服の肩を震わせて泣き崩れていました。

 

その後、Cさんは博士課程へと進み、新進気鋭の学者として周りからも将来を嘱望されていましたが、フィールドワークの旅に出たきり、もう1年以上も行方不明だそうです。

 

(終)

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