生涯行ってはいけない寺 1/2
叔母が癌で入院した祖父(叔母の父)の
介護の為に通院していた頃の話。
頃は昭和の半ば。
祖父のいた病院は実家から少し遠い
田舎の古い市立病院で、
先の短い年寄りが多く入院していた。
まるで姥捨て山的な趣(おもむ)きで、
毎日間引かれるように年寄りが
死に行くようなところだったとか。
それでも叔母は家計を支えていた
祖母(叔母の母)に代わり、
祖父のもとへ足しげく通っていた。
●●寺へ近づくべきではなかった・・・
自分を育ててくれた祖父への
恩返しのつもりか、
叔母は懸命に介護した。
病院の治療は祖父の老い先を知ってか、
或いは年寄りへは誰でもそうなのか、
それは形だけのもので、
治療とは名ばかりの薬漬けの延命の中、
それでも中には懸命に介護してくれる
看護婦らがいた。
中でも、とある老看護婦は、
まるで職務を越えて祖父に尽くすかのように
日夜とても良くしてくれたのだとか。
祖父もいよいよダメかというある秋の日、
老看護婦は祖父のお世話をしながら叔母に、
「佐藤(うちの苗字)さんは佐藤家(地元の侍筋)
ゆかりのお家でしょう?」
と唐突に言われた。
祖父は教師で普通の家庭で育ってはいたが、
なんとなくそういう話を聞いていた叔母は驚き、
なぜ分かったのですか?と聞き返した。
老看護婦ははぐらかしたが、
祖父の世話も終わり部屋を出て行く際に
叔母の目を真っ直ぐに見つめ、
「あなたは今後、
鈴木家ゆかりの方と一緒になられるでしょう。
でも絶対に●●寺に行っては行けません。
生涯行ってはいけません。
行くと、命を取られますよ」
的な意味深な言葉を残して去った。
その『●●寺』とは、
家臣に反逆され謀殺された某武将が奉られている、
地元ではそこそこ有名な観光スポット。
でもそう言われれば、
うちは何故か行ったことがないなあ・・・
と叔母も不思議がった。
程なくして祖父他界。
遺体を引き取り、
医師医療スタッフさんに礼を言い、
病院を後にした。
残念ながら、
件の老看護婦に会えずじまいだったが。
祖父の死から数年が経ち、
叔母は見合いで嫁に行った。
嫁入り先は山田家。
鈴木さん(地元の名士)ではないのか、
と残念ながらも少しホッとした叔母。
ところが・・・
結婚式に鈴木家からの祝電と、
本家筋ではないにしろ、
鈴木家の方々が新郎山田さんの
親族として列席された。
その際に改めて山田夫に確認したのだが、
“山田家は鈴木家の分家”で、
未だに親族同士の付き合いはあるのだとか。
見合いではあったが、
全くそんな事を知らされていなかった
叔母は驚いた。
いつぞやの老看護婦さんは、
この事を言われていたのかと。
結婚して時が過ぎ、息子も生まれ、
そんな話も忘れかけていた頃、
息子の小学校での遠足のとある日。
昼過ぎに家事一通りを終えた叔母が
寛いでいると、電話が鳴った。
電話は息子の通う小学校の教頭先生からで、
息子が遠足先で高いところから落ち、
そして怪我をしたと。
次いで遠足先の担任から、
一先ず山田君を病院へ連れて行きますと
平身低頭の電話。
車の免許も無く、
病院へ向かう足のない叔母は、
仕事先から旦那を呼び、
車で息子のお迎えに行く事に。
心配で焦る叔母。
だが、もう一つ不安なことがあった。
息子が連れて行かれた外科病院は、
●●寺のある山の麓近くにある。
しかし、そんな事は言っていられない。
そんな謂(いわ)れを知らない夫は
大急ぎで車を出し、
小一時間ほど離れた隣の市の外科病院へと
車を急がせた。
焦りの為か、終始無言の夫。
田舎道を抜けて、
外科病院のある隣の市へ続く
山道へ差し掛かった。
途中『↑ ●●寺』の看板。
不安に駆られる叔母。
もしやこれは・・・
いつかの老看護婦の言われた●●寺へ
誘われているのではなかろうか、と。
山道を抜け隣の市へ差し掛かる頃、
夫が終始無言でいることに不安を感じた叔母。
叔母「息子は大丈夫かしら?」
夫「ああ・・・」
叔母「あと、どれくらい?」
夫「あと少しだ・・・」
話しかけてもほとんど回答がない。
夫の横顔は青ざめて強張り、
心ここにあらずという態。
いつもはとても気さくで、
とても優しい人なのにどうしたのか・・・
(続く)生涯行ってはいけない寺 2/2