蛙毒 1/5

私が中学生だった頃の話だ。

 

ある夏の日のこと。

 

その日、私が学校に行くと、

教室の隅に人だかりが出来ていた。

 

一部の男子たちを中心に、

何か騒いでいるようだ。

 

「何してんの?」

 

一番近くにいた奴を捕まえて尋ねると、

彼は心底気持ち悪そうな顔を私に向けて、

 

「蛙だよ」と言った。

 

「あいつ、ペットボトルに蛙つめて

持って来てるんだ」

 

その口調からして、

彼は蛙が苦手なのだろう。

 

「うえ・・・」と呟き、離れていった。

 

私は彼と入れ替わりに、

人だかりに身体をねじ込んだ。

 

騒ぎの中心に居たのは、

あまり評判のよくない男子生徒だった。

 

仮にOとしておこう。

 

Oが持っているのは、

1.5リットルのペットボトルだった。

 

ラベルは剥がされていて、

中には一匹の茶色い蛙が

窮屈そうに押し込められていた。

 

「キャ」と短い悲鳴が上がる。

 

興味本位で見に来たらしい

女性陣からだ。

 

彼は蛙を周囲に見せびらかして、

その反応を楽しんでいるようだった。

 

私の姿を見つけると「ほれっ」と、

ペットボトルを目と鼻の先まで

近づけてきた。

 

蛙が手足をばたつかせ、

容器の側面にへばりつく。

 

白いお腹には、黒い斑点が

まだら模様に浮かんでいる。

 

その背には、ぶつぶつとイボもある。

 

大きさは六から七センチほど。

若いヒキガエルだ。

 

Oは、臆さず動じず蛙を凝視する私に、

いささか拍子抜けしたようだった。

 

幼い頃から哺乳類も爬虫類も虫も魚も、

散々触れてきた私にとって、

 

ヒキガエルは気持ち悪いどころか、

逆に可愛いくらいだ。

 

ふと、私はそのペットボトルの表面に、

小さく文字が書かれていることに気がついた。

 

マジックで書かれたのだろうか。

汚い文字だが辛うじて読める。

 

Oの苗字のようだ。

 

まさか、Oが書いたのだろうか。

そしてもう一つ。

 

彼がどうやってペットボトルの中に

蛙を入れたのか、という疑問もあった。

 

飲み口の穴は、

蛙の体より明らかに小さい。

 

表面にはいくつか空気穴らしき穴が

開けられていたが、

 

それも五ミリほどの直径で、

蛙が通り抜けられる大きさではなかった。

 

一体どうやって入れたのかとOに尋ねると、

「俺だって知らねぇよ」

と、予想外の答えが返ってきた。

 

話を聞けば、こういうことだ。

 

私たちの街から山を一つ越えれば

太平洋に出る。

 

その週の休日、Oは友達数人と

海に遊びに来ていた。

 

海沿いの集落にOの親戚の家があり、

友人共に泊りがけで遊んでいたそうだが、

 

二日目、彼らはその集落の外れに

一軒の奇妙な家があるのを見つけた。

 

廃屋かというくらいボロボロの

小さな家だったが、

 

家の周囲を囲む塀に上には、

大小様々な大きさのペットボトルが

並べて置かれていた。

 

「百個くらいあったんじゃねーか?」

 

とOは言った。

 

Oは最初、猫避けか何かかと

思ったそうだが、違った。

 

その中には、一匹ずつ

蛙が閉じ込められていた。

 

大きさはバラバラで、

ヒキガエルだけでなく、

青ガエルも居たらしい。

 

透明なペットボトルの中に

閉じ込められた蛙は、

 

夏の強い日差しを浴び

殆ど死にかけているか、

 

もしくは既に死んで干からびていた。

 

Oが見つけたヒキガエルは、

中で暴れたためか

塀の上から落ちて日陰に転がり、

運よく日差しを免れていたのだそうだ。

 

「そんなもん持ってくんなよ~」

 

他の男子が冗談交じりにOを叩く。

 

するとOは「ウケルと思ったんだよ」

と言って、ニヤニヤ笑った。

 

「で、どーすんの、それ。

あんたが飼うの?」

 

クラスで二番目くらいに気の強い

女の子が尋ねた。

 

そろそろ朝のHRが始まる時間だ。

 

「飼うわけねーだろ」とOは言う。

 

「じゃあ、逃がすの?」

 

彼女の言葉に、Oはまた

ニヤニヤと笑った。

 

「ちょっと、そこどけ」

 

Oは周りの人間を、

少しだけ後ろに下がらせた。

 

そして、ペットボトルの蓋の部分を

両手で持ち、

 

まるで打席に立ったバッターのように

振りかぶった。

 

中の蛙は、いきなり天地を逆さにされ、

なすすべも無く飲み口の部分まで転がる。

 

「ぱしゃ」とも、「ぺちゃ」とも聞こえた。

 

嫌な予感を感じる暇も無かった。

 

Oが蛙の入ったペットボトルを

フルスイングしたのだ。

 

遠心力でペットボトルの底の部分に

叩きつけられた蛙は、

 

その大きな口から赤い塊を吐き出し、

潰れて、死んだ。

 

悲鳴と短いうめき声が同時に上がった。

 

見ると、私の隣で、クラスで二番目に

気の強い女の子が尻餅をついていた。

 

Oはそれを見てケラケラ笑っている。

 

挙句の果てには、

ペットボトルの蓋を開けて

中の匂いを嗅ぎ、

 

「うわ、くっせぇ」

 

などと言って騒いでいた。

 

「どうせ干からびて死んでたんだしな」

 

Oの言葉だ。

 

(続く)蛙毒 2/5へ

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