人形 3/5

人形

 

チャイムを鳴らすと、

 

ほどなくして黒い髪の女性が出てきて、

「あ、いらっしゃい」と言った。

 

案内された客間に腰を据えると、

 

用意されていたのか、

紅茶がすぐに出てきた。

 

スコーンとかいうお菓子も

添えられている。

 

「いま家族はみんな出てるから、

くつろいでくださいね」

 

言葉遣いも上品だ。

 

こういうのはあまり落ち着かない。

 

「大学のお友だちですって?

 

ミカちゃんが男の人を

連れてくるのは珍しいね」

 

俺たちは何をしに来たことになっているのか

少し不安だったが、

 

「ああ、写真ね。今持ってくる」

 

と言って、

 

スカートを翻しながら

部屋から出て行った様子に安堵する。

 

みかっちさんが小声で、

 

「とりあえず、古い写真マニアっぽい

設定になってるから」。

 

やっぱり胃が痛くなった。

 

戻ってきた礼子さんは、

 

「死んだ祖母の形見なんです」

 

と言いながら、

 

木枠に納められた写真を

テーブルに置いた。

 

色あせた白黒の古い写真を

イメージしていた俺は、

 

首を傾げる。

 

ガラスカバーの下にあるそれは、

 

妙に金属的で、

紙のようには見えなかったからだ。

 

しかしそこには、

 

着物姿の3人の女性が

並んで写っている。

 

モノクロームの写りのせいか、

年齢はよく分からないが、

 

若いようにも見えた。

 

椅子に腰掛け、

 

何故かみんな一様に、

目を正面から逸らしている。

 

そして、

 

真ん中の女性が膝元に抱く人形には、

確かに見覚えがあった。

 

あの絵の人形だ。

 

「私の祖母の家は、

明治から続く写真屋だったそうです。

 

この写真は、

その頃の家族を撮ったもので、

 

たぶんこの中に、

 

私のひいひいおばあちゃんが

いるそうです」

 

礼子さんは、

 

うっとりとした表情で

装飾された木の枠を撫でながら、

 

「真ん中の人かな」

 

と言った。

 

師匠は食い入るような目つきで、

顔を近づけて見ている。

 

おお、マニアっぽくていいぞ

と思っていると、

 

彼は急に目を閉じ、

深いため息をついた。

 

「これは銀板写真だね」

 

目をゆっくりと開いた師匠の言葉に、

礼子さんは軽く首を傾げた。

 

わからないようだ。

 

俺もなんのことかわからない。

 

「写真のもっとも古い技術で、

日本には江戸時代の末期に入ってきている。

 

銀メッキを施した銅板の上に、

露光して撮影するんだ。

 

露光には長くて20分も時間がかかるから、

 

像がぶれないように長時間

同じ姿勢でいるために、

 

こうして椅子に座り・・・」

 

と言いながら師匠は、

 

着物の女性の髷(まげ)を結った

頭部を指差す。

 

頭の上に、

なにか棒のような器具が出ている。

 

「こういう、

 

首押さえという道具で

固定して撮る。

 

ただ、この銀板写真も、

 

次世代の技術である

湿板写真の発明によって、

 

あっという間に廃れてしまう。

 

長崎の上野彦馬とか、

下田の下岡蓮杖なんかは、

 

その湿板写真を広めた

職業写真家の草分けだね。

 

明治に入ると、

乾板写真がそれにとって代わり、

 

日本中に写真ブームが広がる。

 

その中で出てきたのが、

写真に撮られると魂を抜かれるだとか、

 

真ん中に写った人間は早死にする

だとかいう噂。

 

それから、

 

そこにいないはずの人影が写った

『幽霊写真』。

 

今の心霊写真の元祖は、

明治初期にはすでに生まれていて、

 

その頃からその真偽が

論争の的になっている」

 

写真史(wikipedia)

 

「ほー」という感心したような吐息が、

女性陣から漏れる。

 

本当に古い写真マニアだったのか、

この人は。

 

いや、というよりは、

 

やはり心霊写真好きが高じて、

というのが本当のところだろう。

 

「というわけで、

 

銀板写真は明治の写真屋の

技術ではないんだ。

 

だからこれは、

商売道具で撮影したものではなく、

 

回顧的、もしくは技術的興味で

撮られた写真だろう。

 

※回顧的(かいこてき)

過去を振り返ること。

 

像も鮮明だから、

 

露光時間が短縮された、

改良銀板写真技術のようだね」

 

やはり感じたとおり、

材質は紙ではなかった。

 

銅版なのか。

 

俺はしげしげと3人の女性を見つめる。

 

100年も前の写真かと思うと、

不思議な気持ちだ。

 

本当に写真は時間を閉じ込めるんだなと、

よくわからない感傷を抱いた。

 

「魂を抜かれるって、

聞いたことがありますね。

 

真ん中で写っちゃいけないとかも」

 

礼子さんの言葉に、

師匠は頷きかける。

 

「うん。

 

それは当時の日本人にとっては、

切実な問題だったんだ。

 

鏡ではなく、

 

まるで己から切り離されたように

自分を平面に写し込む、

 

この未知の技法を、

 

どこか忌まわしいもののように

感じていたんだろう。

 

この写真の女の人たちが

目を背けているのも、

 

その頃の俗習だね。

 

視線を写されるのは不吉だと

されていたらしい」

 

本来の目的を忘れて

師匠の話に耳を傾けていると、

 

そこから少し口調が変わった。

 

「この、

 

真ん中の女性が抱いている

人形もそうだ」

 

みかっちさんの肩も緊張したように、

僅かに反応する。

 

「真ん中の人間の寿命が縮む

というのは、

 

明治時代、

日本中に広がっていた噂でね。

 

今で言う、ミーム。

いや、都市伝説かな。

 

そんな噂を真に受けて不安がる女性客に、

写真屋が手渡すのがこれだよ」

 

師匠は女性の膝の人形を指差す。

 

「人形を入れれば、全部で4人。

真ん中はなくなる。

 

それに、

 

椅子に斜めに腰掛けることで、

人間ではなく膝の上の人形が、

 

正確に写真の中心にくるような

配置になっている。

 

つまり、

 

寿命が縮む役の身代わり

ということだ。

 

そうした写真の持つ不吉さを、

人形に全部被せていたんだ」

 

ゾクゾクし始めた。

 

身代わり人形だったのだ。

 

『穢れ』の被り役としての。

 

※穢れ(けがれ)

 

恐らく写真屋は、

同じ人形を使い続けただろう。

 

その頃、写真を撮るような客は、

上流階級に属している者ばかりのはずだ。

 

そんな客に、

 

使い捨ての安っぽい人形を

持たせるわけにもいくまい。

 

つまり、

 

こういう上質な市松人形のようなものが、

ずっとその役目を負い続けるのだ。

 

意思を持たないものに、

悪意を被せ続ける・・・

 

そのイメージに俺はぞっとした。

 

何年何十年という時間の中で、

穢れは悪意を集積し、

 

この人形の内に

汚濁のように溜まっていく。

 

そして・・・

 

シーンと静まる家の中が、

やけに寒く感じられた。

 

「ちょっと、

なんでそういうこと言うのよ」

 

礼子さんの口から、

鋭く尖った言葉が迸った。

 

「この子は、

 

私のひいひいおばあちゃんの

大切な人形よ。

 

そんな道具なんかじゃない。

 

だってずっと大事にされて、

今の私にまで受け継がれたんだから。

 

見ればわかるわ」

 

そう捲くし立てた礼子さんは、

凄い勢いで部屋の出口へ向かった。

 

唖然として見送るしかない俺の横で、

師匠は叫んだ。

 

「そんなものが実在すればね」

 

一瞬、礼子さんの頭がガクンと

揺れた気がしたが、

 

彼女はそのまま部屋を飛び出していった。

 

「どういうこと?」

 

と、みかっちさんが訝しそうに

眉を寄せる。

 

「まあ見てな」

 

師匠は余裕の表情で、

革張りのソファに深く体を沈めた。

 

俺は写真にもう一度目を落とし、

人形をよく観察する。

 

色こそついていないが、

やはりあの絵と全く同じ人形のようだ。

 

髪型や表情、

帯や着物の柄も同じに見える。

 

師匠はこの写真から、

なにかわかったのだろうか。

 

(続く)人形 4/5

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