人形 5/5

人形

 

「その人形。

 

あなたの先祖の家業だった写真屋の、

商売道具のはずだ。

 

だから実のところ、

一見して左前に見えてはおかしいんだ。

 

衣服だけでなく、

 

刀などの道具立ても左右逆に

しつらえて撮るように、

 

膝に抱く人形だって

持ち主に合せるべきだ。

 

市松人形はもともと、

女性や子どもの着せ替え人形なんだ。

 

合せ方を逆にして着せるなんて

容易いはず。

 

同じ目的でずっと使う人形ならば、

なおさらそうすべきだ。

 

しかし、

 

この写真に残されている姿は

そうではない。

 

何故だかわかるかい。

それは」

 

師匠は憂いを帯びたような声で、

 

しかし、

 

俺にだけわかる歓喜の音程を

その底に隠して続けた。

 

「真ん中に写ったものが早死にする

という噂のために、

 

この人形を真ん中に据えるってことと、

同じ目的のためだ。

 

写真にまつわる穢れを

すべて人形に集中させるため、

 

徹底した忌み被せが行われている。

 

つまり、

 

わざわざ死者の服である左前で

写真に写るように、

 

この人形だけは右前のままに

されているのさ」

 

吐き気がした。

 

師匠に連れまわされて、

 

今まで見聞きしてきた様々な

オカルト的なモノ。

 

それらに接する時、

 

しばしば腹の底から滲み出すような

吐き気を覚えることがあった。

 

しかしそれは大抵の場合、

霊的なものというよりも、

 

人間の悪意に触れた時だったことを

思い出す。

 

「付喪神っていう思想が

日本の風土にはあるけど、

 

古くから、

 

人間の身代わりとなるような

人形の扱いには、

 

特に注意が払われていた。

 

※付喪神(つくもがみ)

長い年月を経た道具などに神や精霊(霊魂)などが宿ったものである。

 

しかし、

こいつは酷いね。

 

その人形に蓄積された

穢れの行き着く先を誤っていれば、

 

どういうことになるのか

想像もつかない」

 

柱時計の音だけが聞こえる。

 

静かになった部屋に畳を擦る音をさせて、

師匠が俯いたままの礼子さんに近づいた。

 

「あなたが魅入られた原因は、

実にはっきりしている。

 

なくなったはずの人形が、

この世に影響を及ぼす依り代としたもの。

 

それは、

 

真ん中で写ったものの寿命が縮まる

という噂と同じくらいポピュラーで、

 

江戸末期から明治にかけて、

日本人の潜在意識に棲み続けた言葉。

 

『写真に写し撮られたものは、

魂を抜かれる』

 

という、例のあれだ」

 

師匠は俺の手からもぎ取った

写真の人形のあたりを、

 

手のひらで覆い隠すようにして続けた。

 

「あなたがおばあちゃんから貰ったという、

この写真こそが元凶だよ。

 

人形の形骸は滅んでも、

魂は抜かれてここに写し込まれている」

 

そう言いながら、

礼子さんの顔を上げさせた。

 

目は涙で濡れているが、

その光に狂気の色はないように思えた。

 

「これは僕が貰う。いいね」

 

礼子さんは震えながら何度も頷いた。

 

師匠は呆然とするみかっちさんにも

同じように声を掛け、

 

「あの絵は置かない方がいい。

あれも僕が貰う」

 

と宣告する。

 

そうして最後に俺に笑い掛け、

 

「おまえからは特に貰うものはないな」

 

と言って、

俺の背中を思い切りバンと叩いた。

 

いきなりだったのでむせ込んだが、

その背中の痛みが、

 

俺の体を硬直させていた『嫌な感じ』を、

一瞬忘れさせた。

 

「引き上げよう」

 

と師匠は静かに告げた。

 

その後、

 

礼子さんは糸が切れたようにぐったりと、

客間のソファーに横たわった。

 

その顔はしかし、

 

気力と共に憑き物が取れた様に、

穏やかに見えた。

 

俺たちは礼子さんに心を残しつつも、

その大きな家を辞去した。

 

みかっちさんが青ざめた顔で、

それでも殊勝にハンドルを握り、

 

元来た道を逆に辿っていった。

 

※殊勝(しゅしょう)

けなげなこと。

 

「あんた、何者なのよ」

 

小さな交差点で一時停止しながら、

 

掠れたような声でそう言って、

横の師匠を覗き見る。

 

彼女の中で、

 

『gekoちゃんの彼氏』

 

以外の位置付けが生まれたのは

間違いないようだ。

 

その位置付けがどうあるべきか、

迷っているのだ。

 

それは俺にしても、

出会った頃からの課題だった。

 

「さあ」

 

と気の無い返事だけして、

師匠は窓の外に目をやった。

 

車は街中の駐車場に着いて、

 

俺たちはグループ展の行われている

ギャラリーに舞い戻った。

 

「ちょっと待ってて」

 

と言って、

みかっちさんは店内に消えていった。

 

と、1分も経たない内に、

 

「絵がない」

 

と喚きながら飛び出して来た。

 

俺たちも慌てて中に入る。

 

「どこにもないのよ」

 

そう言って、

 

閑散としたギャラリーの壁に

両手を広げて見せた。

 

確かにない。

 

奥の照明が少し暗い所に

飾ってあったはずの人形の絵が、

 

どこにも見当たらない。

 

「ねえ、私の人形の絵は?

どこかに置いた?」

 

と、みかっちさんは受付にいた二人の

同年齢と思しき女性に声を掛ける。

 

「人形の絵?知らない」

 

と二人とも顔を見合わせた。

 

「あったでしょ、4号の」

 

畳み掛けるみかっちさんの必死さが

相手には伝わらず、

 

二人とも戸惑っているばかりだ。

 

俺と師匠も、

 

絵があったはずのあたりに立って、

周囲を見回す。

 

人形の絵の隣はなんの絵だったか。

 

瓶とリンゴの絵だったか、

2足の靴の絵だったか・・・

 

どうしても思い出せない。

 

しかし、

 

壁に飾られた作品が

並んでいる様子を見ると、

 

他の絵が入り込む隙間など

無いように思える。

 

薄ら寒くなって来た。

 

やがて、

みかっちさんが傍に来て、

 

「搬入の時のリストにもないって、

どうなってんの」

 

と、打ちひしがれたように肩を落とす。

 

「なんかダメ、あたし。

 

あの人形がらみだと、

全然記憶が曖昧。

 

何がホントなのか、

全然わかんなくなってきた」

 

それは俺も同じだ。

 

つい数時間前に

この目で見たはずの絵が、

 

その存在が忽然と消えてしまっている。

 

「ねえ、このへんから変な声がしたり、

黒い髪の毛がいっぱい落ちてたりしたよね」

 

と、みかっちさんは、

再び仲間の方へ声を掛けるが、

 

「えー、なにそれ知らない。

あんた、なに変ことばっかり言ってんの」

 

と返された。

 

「その髪の毛は一人で掃除したのか」

 

納得いかない様子ながらも、

師匠の言葉に頷く。

 

そんなみかっちさんはともかく、

俺たちまで幻を見ていたというのか。

 

師匠にその存在を否定されてから、

あの人形の痕跡が消えていく。

 

俺は目の前の空間が歪んでいく様な

違和感に包まれていた。

 

まるで、

この世を侵食しようとした異物が、

 

己に関わるすべてを絡め取りながら、

闇に消えていくようだった。

 

「まさか」

 

と、俺は師匠が脇に抱える布を見た。

 

木枠に納められたあの写真を、

グルグルに巻いている布だ。

 

これまでどうにかなっているようだと、

それこそ頭がどうにかなりそうだった。

 

「これは、見ない方がいいな」

 

師匠は強張った表情で、

しっかりとそれを抱え込んだ。

 

そのあと、師匠がそれを

処分したのかどうかは知らない。

 

(終)

次の話・・・「天使 1/5

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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