人形 2/5

人形

 

俺と師匠は一通り絵の説明を受けながら

ギャラリーを見ていったが、

 

素人目には上手いのか下手なのかも

よくわからない。

 

ただモダンな感じの難解な絵はなく、

わりとシンプルで写実的な作品が多かった。

 

「見て見てこれ、あたしがモデル」

 

などと言って裸婦の絵を指差すなど、

テンションの高いみかっちさんとは裏腹に、

 

俺たちは絵画鑑賞など

すぐに飽きてきてしまった。

 

特に師匠など露骨で、

 

ショートボブの女性が

熱心に紹介してくれているのに、

 

気乗りしない生返事ばかり。

 

そして、

少しイライラしてきたらしい女性が、

 

「絵はあまりお好きじゃないみたいですね」

 

と言うと、

 

それに応えて思いもかけないことを

口にした。

 

「絵なんてようするに、

すごく汚れた紙だ」

 

絶句する女性に、

畳み掛けるように続ける。

 

「見るくらいにしか役に立たない」

 

平然と言ってのけた師匠を

さすがにまずいと思った俺が、

 

無理やり引きずって外に出した。

 

みかっちさんには、

 

「近くの喫茶店にいますから」

 

と言い置いて。

 

ザワザワと耳障りな雑踏の音が

飛び込んでくる。

 

やはり、ああした所は、

 

鑑賞中に気が紛れない様に

防音が効いているのだろう。

 

俺は師匠を問い詰めた。

 

「なんであんなこと言うんです。

人がせっかく描いた作品に」

 

「別に、貶したつもりは

なかったんだけどな」

 

※貶した(へんした)

悪く言う。けなす。

 

「自分が好きなものをバカにされたら、

誰だって怒りますよ」

 

師匠は「う~ん」と言って、

顎を掻く。

 

「オカルトの方がよっぽど

役に立たないでしょ」

 

俺は自分自身への自虐も込めて、

師匠を非難した。

 

すると師匠は、

 

急に遠くを見るように

目の焦点をさ迷わせ、

 

横を向いてじっとしていたかと思うと、

こちらへゆっくりと向き直って言った。

 

「役に立たないものは、

愛するしかないじゃないか」

 

二人の間の足元に、

駐車禁止の標識の影が落ちていた。

 

俺は一瞬なんと返していいかわからず、

ただ彼の目を見ていた。

 

その言葉は今では、

 

師匠の好きだったある劇作家の

言葉だと知っている。

 

あるいは、

戯れに口にしたのかも知れない。

 

それとも、

 

彼の深層意識から

零れ落ちたのかも知れない。

 

けれどその時の俺は、

怒ると言うより呆れていて、

 

そんな言葉をくだらないと思い、

なんだそれと思い、

 

そしてそれからずっと忘れなかった。

 

喫茶店で軽食をとりながら

30分ほど待ったところで、

 

みかっちさんがやってきた。

 

「ごめーん、遅くなったあ」

 

などと軽い調子で席に着き、

 

さっきの師匠の失言など、

まるで気にしてない様子だった。

 

みかっちさんはホットサンドを注文してから、

さっそく本題に入る。

 

「あの絵の人形って、

高校時代の友だちの持ち物なんだけど、

 

なんか、

 

死んだおばあちゃんがくれた、

凄い古いヤツなんだって」

 

その友だちは礼子ちゃんといって、

今でも良く一緒に遊ぶ仲なのだそうだが、

 

最近少し様子がおかしかったと言う。

 

ある時、

彼女の家に遊びに行くと、

 

「なんかわかんないけど、

 

江戸時代くらいの和服の女の人が

何人かいて、

 

真ん中の人がその人形を、

抱いて座ってる写真」

 

を見せられたそうで、

 

自分はその人形を抱いている女性の

生まれ変わりなのだ、

 

と言い出したらしい。

 

聞き流していると怒り出し、

 

その人形が家にあると言って、

どこからか引っ張り出してきて、

 

それを抱きしめながら「ねっ?」

と言うのだ。

 

写真の女性と似てるとも思えなかったし、

どう言っていいのかわからなかったが、

 

そんな話自体は嫌いではないので、

そういうことにしてあげた。

 

それに、

そんな古い写真と人形が、

 

共にまだ現存していたことに

妙な感動を覚えて、

 

「絵に描きたい」

 

と頼んだのだそうだ。

 

「その絵があれか」

 

師匠がなにごとか気づいたように、

片方の眉を上げる。

 

なにかわかったのかと次の言葉を待ったが、

なにもなかった。

 

みかっちさんはコーヒーに

シュガースティックを流し込みながら、

 

珍しく強張った表情を浮かべた。

 

「でね、それから何日か経って、

あ、今から3週間くらい前なんだけど、

 

その礼子ちゃんとか、

高校時代の友だち4人で、

 

温泉旅行したんだけど」

 

少し言葉を切る。

 

その口元が微かに震えている。

 

「電車に乗ってさ、

最初四人掛けの席が空いてなくて、

 

二人席にわたしと礼子ちゃんとで

座ってたんだ。

 

ずっとおしゃべりしてたんだけど、

1時間くらいしてからなんか、

 

持って来るって言ってた

本の話になってさ。

 

礼子ちゃんがバッグをゴソゴソやってて、

『あっ間違えた』って言うのよ。

 

なに~?

別の本、持って来ちゃったの?

 

って聞いたらさ」

 

唾を飲み込んでから続ける。

 

「ズルッてバッグからあの人形が出てきて、

『本と間違えちゃった』って・・・」

 

俺はそれを聞いて、

 

さっきのギャラリーでは感じられなかった、

鳥肌が立つような感覚を覚えた。

 

「別に頭がおかしい子じゃないのよ。

 

その旅行でも、

それ以外は普通だったし。

 

ただ、なんなんだろ、あれ、

人形って魂が宿るとかいうけど」

 

それに取り憑かれたような・・・

 

みかっちさんが続けなかった

言葉の先を頭の中で補完しながら、

 

俺は師匠を見た。

 

腕組みをして、

真剣に聞いているように見える。

 

やがておもむろに口を開く。

 

「その人形を描いた絵が、

 

さっきのグループ展での

不思議な出来事の元凶ということか」

 

「だよね、どう考えてても」

 

みかっちさんは「どうしよ」と呟いた。

 

「絵を処分しても、

解決したことにはならないな。

 

勘だけど、

 

その人形自体をなんとかしないと、

まずいことになりそうな気がする」

 

師匠は身を乗り出して続けた。

 

「その子の家にはお邪魔できる?」

 

「うん。電話してみる」

 

みかっちさんは席を立った。

 

やがて戻って来ると、

 

「今からでも来ていいって」

 

と告げた。

 

そうして俺たちは3人でその女性、

礼子さんの家へ向かうことになったのだった。

 

喫茶店から出る時、

師匠は俺に耳打ちをした。

 

「面白くなってきたな」

 

俺は少し胃が痛くなってきた。

 

みかっちさんの車に乗って、

走ること15分あまり。

 

街の中心からさほど離れていない住宅地に、

礼子さんの家はあった。

 

2階建てで、広い庭のある、

結構大きな家だった。

 

(続く)人形 3/5

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