山で迷子中に出会った大きな犬
これは、まだ俺が小学生だった頃に体験した不思議な話。
その年の暮れ、親父と一緒に帰省した。
親父の故郷は瀬戸内海に浮かぶ島。
近くに瓢箪島という無人島なんてのもあって、四国や中国地方では結構有名らしい。
俺たちが上陸したのは近くの島の中では大きい方だけど、それでもやっぱり田舎だ。
港の近くにガソリンスタンドがあるだけで、それ以外は本当に秘境という感じだった。
ヤマイヌ
そんなこんなで祖母が一人暮らしをしている家に着き、その日はゴロゴロしていた。
だけど、帰省したのが大晦日だったので、午前0時になると同時に、親父が「初詣に行くぞ!」と言って俺を連れ出した。
そうして、兄貴と叔父も合わせた4人で神社へ向かった。
でもやっぱり秘境だけあって、神社も山の中にある。
人もまばらだけど居たので、俺は一人で少しその辺をブラブラしていたら、気づけば迷子になっていた。
街灯一つない神社だったのに、つい油断していたのだろう。
しばらく呆然としてたけど、急に漠然とした不安に襲われ、俺は歩くことにした。
すると、目の前に『大きな犬』が現れた。
その犬はじっと俺を睨んでいたが、しばらくすると警戒を解いて、のしのしと進んでいった。
俺は幼かったこともあり、「帰り道を教えてくれてるのかも?」と思って、その犬の後を付いていくことにした。
そして犬が歩くのを止めた時、犬の足元には一匹の子犬がいた。
犬好きだった俺は子犬を抱き上げると、しばらく夢中でその可愛い顔を見ていた。
ふと我に返ると、さっきの大きな犬は姿を消していた。
そのままぼーっとしていると、ここが見たことのある場所であることに気づく。
そこは、祖母の家の裏手にある崖の上だった。
ただ崖といっても、子供でも登れる程度の急な坂という感じだ。
昼間にここでダンボールサーフィンをやったのを思い出して、慌てて下りていった。
そして、玄関の前で親父は俺を迎えてくれた。
幸い、キツくは怒られなかった。
なんでも、あと2時間帰るのが遅かったら山狩りになっていたらしい。
その後、祖母にさっき出会った大きな犬の話をしたところ、「そりゃきっとヤマイヌだよ。昔はよく見たものさ」と言う。
「今は?」
俺は『昔』という言葉が引っかかり、祖母にそう聞き返した。
「今はすっかりいなくなったよ。ヤマイヌに会ったのかい?きっと彼に認められたんだね。いい子だ」
祖母はそう言うと、俺の頭をそっと撫でてくれた。
あとがき
後でわかったことだけど、俺が拾ってきた子犬は柴犬だった。
なぜヤマイヌが柴犬を連れていたのかは分からないけど、「この子は大切にしなきゃ」と思った。
もしかすると出会った大きな犬もヤマイヌではないのかもしれないけど、俺は信じたい。
あれ以来、拾ってきた犬に会うために毎年帰省している。
祖母も俺の姿を見るや否や、すぐ犬を連れて来てくれる。
祖母も犬ももういい歳だけど、どうか長生きしてほしいと思っている。
(終)