赤ペンを落としたことが全ての始まりだった
先に断っておきます。
この話には、
幽霊も出てこなければ、
いわゆる怖い人も出てきません。
あの出来事がなんだったのか、
私には今もわかりません。
もし今から私が話す内容を聞いて、
「それはこういうことだ」
と説明できる方がいるのなら、
逆に教えてほしい。
あれは一体なんだったのか・・・
最初にそれが起こったのは、
今から3年前。
私が高校2年の時でした。
学期末のテストを控え、
その日は深夜までテスト勉強に
追われていた。
多分、何かの問題集を
やっていた時だったと思う。
ちょうど1ページが終わって
自己採点しようと、
机の隅に置いてあった赤ペンに、
手を伸ばした。
・・・カツン、
カラカラカラ・・・
軽い眠気に襲われていた私は、
うっかり赤ペンを床に落としてしまった。
静まり返った室内に、
やけに乾いた音が響いた。
私は軽く舌打ちしつつ、
赤ペンが転がったであろう方向に
身を屈めた。
「???」
でも、赤ペンは無かった。
こういう経験ないですか?
落ちたものが消えるって。
私は今度は強く舌打ちして、
部屋の床を這うように赤ペンを探しました。
けれども赤ペンは、
どこにもありませんでした。
「っち、なんだよ」
つい、声に出ていました。
私は赤ペンを諦め
もう寝ようと思い、
布団の敷いてあるロフトへと
ハシゴの階段を上りました。
「!?」
ロフトの上には、
さっき床に落としたはずの赤ペンが
置いてありました。
滅茶苦茶に変形して。
でも、それを見た私は
全く怖いとは感じず、
むしろ「ここかよ!」と、
突っ込みを入れたくらいでした。
翌朝。
一睡して冷静に昨晩のことを思い出すと、
なんとも言えない恐怖感が襲ってきました。
なんで床に落ちたものがロフトに?
なんで折れ曲がってるの?
『折れ曲がってる?』
昨日の赤ペンをもう一度手に取った私は、
気付いたのです。
このペンはプラスチック製。
それを折り曲げようとすると、
普通なら折れてしまうはず。
にもかかわらず、このペンは・・・
ぐにゃり、としか言いようのない、
まるで飴細工のような変形を
していたのです。
気持ち悪くてそのペンは捨てましたが、
その日のテストは散々でした。
それからしばらくは
特に何があるわけでもなく、
私もその『赤ペン事件』のことは、
そんなこともあるさ~と、
気にしないようにしていました。
そんなことも忘れていたある日、
2回目の事件が起きました。
その日は学校で嫌な事があり、
私は家に着くなりただいまも言わず、
部屋に飛び込みました。
そしてポケットに入っていたタバコを掴むと、
思いっきり部屋の壁に投げつけました。
10秒くらい後かな。
私は違和感に気付いた。
そして、
嫌な汗がどっと溢れてきました。
音がしない・・・
あんなに力いっぱい投げつけたのに?
タバコは?
私は数ヶ月前の赤ペンを思い出し、
反射的にロフトの階段を駆け上がりました。
やっぱり、というか案の定、
タバコはロフトの上にありました。
真っ平ら。
言葉のあやではなく本当に紙のように、
ひらひらと変形したタバコが
無造作に投げ出されていました。
急いでそれを丸めて捨てると、
私はタバコが当たったであろう壁に、
手を当てました。
ただの壁でした。
その日から、
ソレは頻繁に起こるようになった。
消しゴム、画鋲、眼鏡。
消える物に規則性はないし、
消える『場所』もそれぞれ違った。
でも、それらのものが必ず
ロフトに出てくること。
そして何らかの形に変形している点は
共通していた。
もちろん親には言った。
でも、当たり前だが、
あまり取り合ってもらえなかった。
その頃から、
私は一つの恐怖を感じていた。
『もし、次に消えるのが
自分だったらどうしよう・・・』
その場合も、やはり、
私は変形して出てくるのかな。
そんな恐怖だった。
そんな時、
最後の事件が起こった。
その日は、
親戚のおばさんが遊びに来ていた。
多分、日曜だったと思う。
おばさんは、
やっとハイハイが出来るように
なったくらいの二人目の息子さんを、
披露しに来てたんだ。
私は、私の母と、そのおばさんと
三人で居間で話していて、
赤ちゃんはそのお兄ちゃんと
廊下で遊んでいた。
そのうち私たち三人は、
というかおばさんと母は、
すっかり話しに夢中になってしまった。
私は話しに入れてなかったけど、
中座するのも気まずいと思って、
なんとなく座っていた。
その時だった。
「ぎゃああああ!!」
突然、ほとんど絶叫に近い、
赤ちゃんの泣き声が響いた。
悲鳴は私の部屋からだった。
私たち三人が駆けつけた時、
上のお兄ちゃんがきょとんとして、
一人で立ち竦んでいた。
おばさんはお兄ちゃんの肩を掴むと、
「しんちゃんは!?
しんちゃんは!!」
と半狂乱で繰り返していた。
「しんちゃんね、
消えちゃったの!急に!」
私はその言葉を聞き終わらないうちに、
ロフトへと駆け上がっていた。
もの凄く長い階段に感じたのを覚えている。
(人の形をしてますように・・・)
今思えば、
とても恐ろしいことを祈っていた。
そして赤ちゃんは、
やっぱりそこにいた。
私の心配をよそに気絶しているものの、
赤ちゃんはどこも変形していなかった。
その時は心から安堵したのを覚えている。
やっぱり生き物は例外なんだ!
と思った。
「しんちゃん!」
私は赤ちゃんの手を掴んだ。
その瞬間・・・
ぐにゃり。
赤ちゃんの手が、
ありえない方向に曲がっていた。
その後のことはあまり覚えていない。
多分、呆然としていたんだと思う。
しんちゃんがその後、
どうなったのかもわからない。
その事件以来、
おばさんが訪ねて来ることはなかったし、
なにより、
ウチがすぐに引越したので。
ただ、事件から何日かして、
私が掴んだしんちゃんの右手は、
『粉砕骨折』とだけ聞いた。
ここで、もう一度聞きたい。
あれは一体なんだったのか・・・
私は怖いです。
あれ以来、
もうソレは起こってないけれど、
いつかまた同じことが起きるんじゃないか。
それまで当たり前の床だったところが、
突然口を開けて私を飲み込むんじゃないか。
そうしたら、
私はどこから出てくるのだろうか。
次もまた、
人の形をして出てこられるだろうか。
私は怖いのです。
(終)