これは兄ちゃんでない何かだ!という直感
俺には2つ上の兄ちゃんがいるのだが、これはその兄ちゃんに関する話だ。
俺がまだ小学生だった頃の夏の日だった。
日曜日の昼頃に目を覚ました俺は、1階のリビングに向かった。
ちなみに、俺と兄ちゃんの部屋は2階。
いつもなら俺以外の家族全員が昼食を食べている頃で、俺は遅めの朝食を一緒に食べるのが休日のお決まりだった。
でも、この日はリビングに誰もいなかった。
この時点では、「あれ?出かけたのかな?」くらいにしか思わなかったが、だんだんと気味の悪い事に気が付き始めた・・・。
決して夢でも幻覚でもない事実
毎日うるさく鳴いていたセミの声が聞こえない。
セミどころか、音が一切していなかった。
不安になった俺は直ぐさま外に駆け出し、様子を確認する事にした。
やはり、我が家の車はなかった。
出かけているという事は分かったが、やけに静かな事が俺の不安を煽った。
家は国道沿いにあり、田舎だが普段からそこそこ車が通る。
だが、その時は車も全く走っていなかった。
俺は世界に1人だけになったような気がして恐ろしくなり、すぐ家の中に戻った。
怖さを紛らわせようとテレビをつけると、テレビの番組はいつも通りに放送されていた。
それを見ているうちに俺は怖さを忘れていき、「誰もいないんだしこっそりアレを見るか!」と、父さんの隠している大人のビデオを押入れから引っ張り出した。
念のためにもう一度車がないことを確認し、いざビデオを鑑賞しようとした時、リビングの隣の和室から唸り声のような音が聞こえてきた。
俺は一瞬で凍りつき、しばらく固まった後に恐る恐る移動し、そーっと和室を覗くと、そこには兄ちゃんが寝ていた。
心底ゾッとした。
それは、兄ちゃんに大人のビデオを見ようとしているのがバレたかもしれない、という恐怖ではなく、寝ているのはどう見ても兄ちゃんなのだが、「兄ちゃんがここにいるわけがない。これは兄ちゃんでない何かだ!」と直感で思ったからだ。
でも子供というのは不思議なもので、怖いと感じたものをなぜか怖くないように振る舞い、変に平静を装う。
その対象に自分が怖がっていると思われる事がバレないように。
少なくとも俺にはそういう習性があった。
なので、いつも以上に兄ちゃんに愛想を振りまきながら近づいていった。
そして会話をして分かったのが、「兄ちゃんは風邪をひいて寝込んでいる。父さんと母さんはヨーグルトを買いに行っている」という事だった。
話してみるといつも通りの兄ちゃんだったので安心した俺は、ビデオテープを出しっ放しにしてある事を思い出し、急いで片付けにいった。
ビデオテープを片付け、兄ちゃんと玩具で遊ぼうと玩具箱を漁っていると、兄ちゃんが俺を呼んだ。
俺はビーストウォーズの茶色い恐竜を持ってすぐさま兄ちゃんの元に向かうと、兄ちゃんは酷くしんどそうで、とても玩具遊びどころではなさそうだった。
身体がツライのか、「うーうー」と唸りながら兄ちゃんは俺に何かを訴えかけようとボソボソと言っている。
近くで聞いてみると、「写真を撮って」と言っていた。
意味が分からなかった俺は「何で?」と聞き返すと、兄ちゃんは「心が綺麗になるから」と言った。
正直、俺の頭の中は「???」状態だったが、この言葉は印象的だったのでよく覚えている。
その直後、玄関のドアが開く音がした。
両親が帰って来たと思い、俺はちょっとヤバそうな兄ちゃんを両親に任せようと玄関へ走った。
するとそこには、母さんと寝ていたはずの兄ちゃんがいた。
唖然とした俺は、「兄ちゃん寝てたやんけ!一瞬で移動したん?」などと聞いてみるが、兄ちゃんは「何言ってんだコイツ・・・」状態で、取り合ってもらえなかった。
曰く、兄ちゃんは母さんの買い物に付いて行っていたとの事。
ならば、「寝ていた兄ちゃんは誰だよ?」と確認しようと和室に向かったが、そこにはもう誰もいなかった。
それに、兄ちゃんどころか敷いてあった布団も出ておらず、いつも通りのさっぱりとした和室だった。
ただ、ビーストウォーズの茶色い恐竜は置いてあった。
昔から何を言っても、真実であっても兄ちゃんに言い負かされてきた俺は、もうこの事について話すのをやめたが、あの日に和室で寝ていた兄ちゃんらしき人物は、決して夢でも幻覚でもなく、確かにそこにいた。
今でもたまに兄ちゃんらしき人物が言っていた言葉の意味を考えたりするが、結局は分からず終いだ。
ちなみに父さんはこの日、鮎釣りに行っていた。
(終)