川で何かを見たんだろう
俺が小学3年か4年生頃の話。
実家は山形県で農園をやっているが、その農園の脇を流れる農業用水路の水の出が悪くなったことがあった。
そこで、隣で同じく農園をやっている顔見知りの爺さんが「上流を見てくる」ということになり、夏休みで暇だった俺もそれに付いて行った。
その男の頭は歪んでいた
道には舗装が無く、古い車の轍だけが残る農道を通り、なだらかな山道をしばらく登っていく。
すると、途中で「ガボボッ・・・ガボボッ・・・」という音が聞こえてきた。
音のする方へ向かうと、流木や藁が詰まって水路の水が農道に溢れている箇所があった。
音の正体も、詰まった水が立てていたようだった。
早速、その詰まった箇所に爺さんが素手を突っ込んで流木などを取り除いている間、俺はなんとなく水路の向こうを流れる源流を見下ろしていた。
すると、変な奴がいた。
見た目は作業服を着た中年ぐらいの男なのだが、水流のド真ん中に突っ立って、体をしきりに前後に動かしている。
上手く表現ができないが、イスラム教徒が礼拝で頭を下げるような動作を3倍速ぐらいで行っている感じか。
そして何より異常なのは、その男の頭が歪んでいることだ。
障がい者とかそんなレベルでなく、頭の下に大きなミミズが入っているのかと思うぐらいに歪んでいた。
なんだあれ?と混乱してじっと見つめていると、妙なエコーがかかった声でその男が喋った。
「おぉぉぉ・・・・・・ぃぃぃぃ・・・・・」
その瞬間、俺のすぐ前にあった木にガスッ!と何かがぶつかった。
石だ。
それも炊飯器ほどの大きさの石で、どう考えても普通の力ではあの距離からは届かない。
まさか俺を狙っている!?
そう思うと一気に恐怖が押し寄せてきて、まだ水路に手を突っ込んでいる爺さんを置いて一目散に山を下った。
背後で爺さんが何か言っているのが聞こえたが、構っている余裕は無かった。
その後、爺さんが死体で発見された・・・なんてことはなく、普通に山を下りてきて、水路が直ったことをうちの婆ちゃんに報告していた。
それからしばらく経ち、たまたま爺さんの農園にジュースを貰いに行った時にポツリと言われた。
「川で何か見たんだろう」
俺はあの時の恐怖と、爺さんを置いて逃げたことを恨まれているのかと思い、何も答えられず泣いてしまった。
爺さんは俺を慰めながら、「いいんだ、いいんだ」と呟いていた。
それからは、あの体験を思い出したくないのと、爺さんが俺の心を読んでいるような気がして、爺さんとあまり仲良くすることもなくなった。
そして爺さんは、俺が少し離れた高校の寮で過ごしている間に亡くなった。
(終)