地面から少し浮いた状態で動く黒い塊の正体
中学生の頃の話。
その友達とは家が近かったので、いつも学校から一緒に帰っていた。
友達のユキ(仮名)は、幼なじみの女の子。
学校から家までは、歩いて30分ぐらいの距離だった。
家に帰るには色んなコースがあって、今日はこっちから帰ろうとか、あっちから帰ろうとか、バリエーションを楽しむのが日課だった。
私とユキは部活も一緒で、その日も部活終わりに二人で帰路についていた。
何あれ!?何あれ!?
季節は秋で、まだ夕方と呼べる時刻だったはずだけど、辺りは暗くなり始めていた。
日が沈んだ直後の空気が青い時間帯。
いわゆる、逢魔刻というやつだ。
※逢魔刻(おうまがとき)
夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。黄昏どき。魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙ると信じられたことから、このように表記される。(Wikipediaより)
その日は数あるコースの中から、”墓地”に沿った道を選んだ。
別に珍しいことではなく、よく通るコースの一つ。
左側が階段状になっていて、斜面に沿ってずらっと墓石が並んでいる。
右側は、地元で有名な某進学高校の長い石垣。
いつも通る道で、木が綺麗に生えていて静かでいい場所だ。
不気味だとか、互いに少しも思っていなかったと思う。
少なくとも、私はちっとも墓地だとか意識していなかった。
その墓地の前を100メートルぐらい歩く。
アスファルトで舗装された綺麗な道を、二人で雑談しながらテクテクと歩いていたら、10メートルぐらい向こうの道の真ん中に、黒くて小さい何かがいた。
辺りは薄暗いし、はっきりとは見えなかったけれど、私は「おっ、猫がいる~」と言いながら近付いていった。
その時は、それが黒猫だと思った。
それは微かに動いていて、フワフワしたものに見えた。
舌をチッチッと鳴らしながら呼んでみた。
「こっちこ~い」と言いながら、屈もうとして腰を曲げた。
すると、ユキは急に後ずさりし始めて、「ねえ、それって猫?」と言い出した。
私は「へ?猫でしょ」と言いながらすぐ近くまで寄り、それを覗き込むと猫ではなかった。
それは『毛の塊』だった。
真ん中の部分を中心に、凄い勢いで大量の長い毛が回転していた。
回転している毛の流れそのものも、互いが激しくうねりながら絡み合って、とにかく凄まじい運動をしている毛の塊だった。
それが、ほんの少し地面から浮いた状態でフラフラと動いていた。
私が呼んだからかどうなのか、毛の塊はフラフラしながら私の方に寄ってきた。
私は予想外の展開に慌て、その回転する毛の塊をジャンプして飛び越えた。
ユキは私より一足早く走り出していたので、私は「何あれ!?何あれ!?何あれ!?」と同じ言葉を繰り返し叫びながらユキを追いかけて走った。
しばらく行って振り返ると、毛の固まりは相変わらずフラフラしながら道の向こうに遠ざかっていた。
かなり動きが遅いからちょっと安心して、「ねえ、もう一回見に行ってみようよ?」とワクワクしながらユキに言うと、「やめなよ・・・。もう帰ろ・・」と若干引かれながら言われたので諦めた。
結局、回転する毛の塊が何だったのかは分からないまま10年が経った。
私は書店員として働き始めていたのだが、ある日に雑誌コーナーの整頓をしている時、客が読みかけのままその辺にバサッと開いて置きっぱなしにしていった雑誌をふと見て、思わず「うお!!」と叫んだ。
確か、ティーン雑誌だったと思うけれど、夏の妖怪特集だか何だかで、水木しげるがイラスト付きで妖怪を紹介するコーナーがあった。
そしてそこに、あの回転する毛の塊がイラスト入りで掲載されていた。
私は仕事中だということを忘れて、雑誌を取り上げて食い入るように見つめた。
妖怪の名前は『毛羽毛現』。
※毛羽毛現(けうけげん)

(参考画像 Wikipediaより)
その雑誌に掲載されていた、水木先生による短い解説文は今でもよく覚えている。
毛羽毛現とは、『墓場に出る、死んだ女の髪が妖怪化したもの。地面に近い辺りをフワフワと飛んで移動する。墓場の掃除人などの足元から取り憑き、その者の気分を悪くさせたりする』。
とても地味だ・・・。
その日、帰ってからすぐユキに電話して教えたら、私が思ったのと同じように「地味だなぁ~」と言っていた。
ユキとは今でも時々会うと、あの日に見た妖怪の話になる。
あれから何度か一人で夕暮れ時にあの墓地沿いの道に行ってみたけれど、あの毛の塊は一度も見なかった。
けれど、「妖怪って本当にいるんだなぁ~」と思った。
でもきっと、心が汚れた大人だから今はもう見えないのだろう。
(終)