言伝 2/4

耳も済ませてみたけれど、

近くに車の気配はない。

 

停めた車の近くで、

 

Kが電柱を睨みながら

救急車を呼んでいる。

 

黒いバイクを苦労して起こし、

 

邪魔にならないように

路肩に寄せる。

 

バイクは前輪が歪み、

フロントライトが粉々になっていた。

 

それが他の部品と共に、

辺りに砕けて散らばっている。

 

傍らでSが「ちっ」と

舌打ちしたのが聞こえた。

 

見ると、Sが男の被っているヘルメットを

ゆっくりと脱がそうとしている。

 

「なあ、大丈夫なん?

 

こういうときって、

動かすのって駄目なんじゃ・・・」

 

S「呼吸も脈もない。

 

このままだとどっちにしろ

助からない」

 

こっちを振り向かないまま

Sはそう言った。

 

助からない、という言葉に

どきりとする。

 

それは死ぬということだろうか。

目の前で。人が。

 

Sが脱がしたヘルメットを

横に置いた。

 

露わになったその鼻と口から、

赤黒い血が流れていた。

 

目は閉じている。

短髪の男だ。

 

生気のない死人の顔だった。 

僕は目をそむける。

 

腹の下から何か、

 

熱をもったものが

せり上がってきていた。

 

冷静にならなければ、

と自分に言い聞かせる。

 

そこで初めて、

 

僕は男が倒れていた位置から

少し離れた場所、

 

道路についたタイヤの跡に

気が付いた。

 

等間隔で二本の黒い線が、

不自然に弧を描いている。

 

二輪ではなく、

 

四輪車が慌てて急ブレーキを踏み

ハンドルを切った様な跡。

 

僕はもう一度周りを見回した。

車の気配は無い。

 

ひき逃げ。

 

そんな言葉が頭をよぎった。

 

びい、と

何か布の裂ける様な音。

 

振り向くと、

 

Sが男の胸の上に両手を置き、

心臓マッサージを始めていた。

 

男の口には中ほどまで裂かれた

ハンカチが乗ってある。

 

救命措置。

 

Sは呼吸も脈も無いと言っていた。

 

事故に遭ってから僕らが来るまでに、

どれくらいの時間があったのだろう。

 

何度か心臓マッサージをした後、

 

Sが男の鼻をつまみ、

顎を持ち上げ人工呼吸をする。

 

そうして、また心臓マッサージ。

 

それを繰り返す。

 

K「救急車も警察も、

あと十分くらいでこっち来るってよ」

 

電話を終えたらしいKが

戻って来る。

 

Sは振り向かず「そうか」と一言。

救命処置を続ける。

 

僕はKに向かって、

 

「・・・ひき逃げかな」

 

と、道路についたタイヤ痕を

指差す。

 

Kは目を凝らして

それを見てから、

 

K「マジかよ」

 

と小さく呟いた。

 

S「おい、どっちでもいい、

救命講習受けたことあるか」

 

しばらくしてSが

マッサージを続けながら尋ねる。

 

確か車の免許を取る時に

受けたはずだ。

 

三十回心臓マッサージをした後に

人工呼吸だったか。

 

いや、それよりまず気道確保だ。

 

K「できるぞ」

 

僕がもたもたと一連の内容を

思い出していると、

 

Kが一歩進みでて、

そう言った。

 

S「じゃあK、代わってくれ。

俺も休みたい」

 

K「お、おう。分かった」

 

Sが立ち上がり、

Kと交代する。

 

「ふう」

 

と溜息に似た息を吐くSの額には

僅かに汗が浮かんでいた。

 

風のせいで辺りは震えるほど

寒いにも関わらず。

 

S「助からないかもしれないな」

 

僕の視線に気付いた様で、

Sは腕で額を拭いながら言った。

 

S「まあ、医者が死亡と下すまでは

生きてるわけだが。

 

それでも、ああも冷たいとな・・・、

 

人形を必死に生き返らせようと

している気分になる」

 

それからSは

道路のタイヤ痕に目をやり、

 

「ふん」

 

と小さく鼻を鳴らした。

 

「・・・ひき逃げかな」

 

僕は先程Kにしたのと

同じ質問をする。

 

S「さあな。それは警察に任せとけ」

 

というのがSの答えだった。

 

それからSは地面に腰を下ろすと、

 

ガードレールにもたれかかって

目を瞑った。

 

その手に赤いものが

付いているのが見える。

 

血だ。

 

僕は倒れている男に

視線を移した。

 

あの男はまだ死んでいない。

 

医者で無い僕らに

その判断は出来ないのだ。

 

救急車で運ばれて、

医者に確認されて、

 

初めて死んだことにされる。

 

それでもSは冷たいと言った。

 

実際に触れていない僕には

分からないが、

 

その言葉は確かな実感を

伴っていた。

 

死んではいないが、

生きてもいない状態。

 

だとしたら、男の魂は今

何処をさまよっているのだろう。

 

(続く)言伝 3/4へ

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