誰も知らない何かがある部屋

浴室の扉

 

これは、不動産会社にいた時の話。

 

入居して1ヶ月もしないうちに、入居者からこんな電話があった。

 

「この部屋、以前に何かありましたか?」

 

「いえ、特に何もありませんが……」

 

数日後、また同じ入居者から電話が。

 

「本当に何もなかったんですか?」

 

一応、先輩社員に確認してみたが、やはり特に何もなかったので、「調べましたが、特に何もありませんでした」と返答する。

 

しかし、さらに数日後、また入居者から電話が。

 

「一度来てください。絶対に何かあります」

 

「じゃあ、近くに行く時か、時間ができたら伺います」

 

そう言ったものの、どうせ頭のおかしいクレーマーだろう、と放置していた。

 

数日後、入居者から怒りの電話が。

 

「あんた、来てくれるって言ったじゃないか!」

 

少々ご立腹の様子だったので、詳しく話を聞いてみた。

 

「特に浴室が……。温かいお風呂に入っていても、寒気がするんです」

 

怒らせても余計に面倒くさくなると思い、訪問日時を設定する。

 

訪問前に、念のため社内でもう一度色々と調査したが、やはり何もなし。

 

そして、約束の日に訪問。

 

「お忙しいのに、わざわざすみません」

 

「いえいえ。じゃあ、ちょっとお邪魔しますね」

 

再度「何もない」と伝えたうえで、クローゼットの中をはじめ、色んなところを確認する。

 

でもやっぱり、特におかしな点は見当たらなかった。

 

しかし、入居者が「やっぱり浴室が気になる」と言うので、調査のため一歩踏み入れてみた。

 

すると、換気扇は回していないし、窓もないユニットバスなのに、やけにヒンヤリとした感じがした。

 

ユニットバスで調べる場所といえば、天井の点検口くらいだ。

 

それで、その点検口をずらして覗いてみた。

 

思わず「うわっ!」と、声にならない声を漏らしてしまった。

 

天井裏の配管に、何本ものネクタイがぶら下がっていた。

 

それも、首を吊れるような感じで、キツく結ばれて。

 

バスタブの縁に立って、その輪に首を入れ、足を外したら……ちょうど良さそうな高さだった。

 

とりあえず、ネクタイを全部外して、敷地内のゴミ捨て場に捨てた。

 

その後、入居者からの電話は一切こなくなった。

 

後日談

前の入居者が、別の場所で自殺していたという噂がある。※未確認

 

私が対応したその入居者も、半年か1年くらいのうちに、荷物をすべて残したまま失踪した。

 

家賃未納で、私がその部屋を実際に確認しに行った。

 

「あっ……この部屋って、あの時の……」

 

部屋の前に立ってから、やっと思い出した。

 

ここは、数棟の同じような建物が並んでいるエリアで(デザインや築年数も同じ)、違う棟ではあるが、数年前に焼身自殺があった。

 

そして、その部屋の号数が、件の部屋と同じだった。

 

もしかして、建物を間違えたのだろうか?

 

(終)

AIによる概要

この話が伝えたいことは、「表面上は何も問題がないように見えても、実際には説明のつかない不可解なことが存在することがある」ということです。そして、人が感じる違和感や直感、たとえば「なんとなく気持ち悪い」「ここには何かある気がする」といった感覚は、決して無視していいものではない、という教訓も含まれています。

最初はクレーマーだと思って取り合わなかった入居者が、実は本当に“何か”を感じ取っていたこと。調べても何も見つからなかった部屋に、最終的には明らかに不気味な痕跡(首吊り用のネクタイ)があったこと。さらにその後の出来事(入居者が失踪、似た部屋番号で過去に焼身自殺)によって、「ただの偶然」とは思えないような重なりが浮かび上がる。

この話には、現実の仕事の中にも潜む“説明のつかない何か”への恐れや、人間の本能的な警戒心の大切さがにじんでいます。そして、それを軽んじたり無視したりすると、後になってゾッとするような事実に直面することもあるのだ、という静かな警告が込められているように感じます。

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