冬山を彷徨う甲冑姿のカナゲ
これは、盆栽サークルで知り合った爺さんから聞いた話。
その爺さんは、今はダム底になってしまった山奥の集落から引っ越して来たという。
そこでは春夏秋は農業、冬はマタギ(狩猟)になり、ウサギやタヌキを撃って生計を立てていたそうだ。
ここからが本題。
爺さんがまだバリバリの現役だった頃、獲物を追って山に入ると、ひと冬に一回程度の頻度で”おかしなもの”に出くわしていた。
ソレの背は人間と同じ程だが、かなり横幅があり、全身赤錆色の甲冑(日本よりは西洋のものに近い)のような出で立ちの何かが、ふらふらと山間を彷徨っている。
爺さんは遠目から見たことしかないそうだが、晴れた雪山ではやたらと目立つので、一目で獲物や同業者とは”異質なもの”とわかった。
ソレを至近距離から見た同じ生業の人の話では、明らかに人でも熊でもない、手には杓文字(しゃもじ)のようなものを持ち、結構な早足で雪深い斜面を登っていたそうだ。
同じ生業の仲間たちの間では、ソレを『カナゲ』と呼んでおり、特に害を及ぼすわけでもないので、「昨日カナゲいたな」、「ほうか」くらいなものだったと。
カナゲを撃ってみた人とかいなかったのか聞いてみたら、「あんな纏ってたら熊撃ちでも効かないし、何もしてこないのにこっちから仕掛ける理由もない」と。
大らかな人たちだったんだなと思った。
(終)