怪物 「転」 3/5

玄関

 

ただ、ローゼンハイムの事件では、

事務所の備品が破損したり、

 

掛けていないはずの電話で

多額の電話代を請求されたり、

 

といった実害があったために、

 

電気系統の技術者や物理学者、

警察などが調査にあたったが、

 

いずれも合理的な説明を出来なかったという。

 

ノイローゼ気味だったという、

 

秘書のアンネマリーが起こした

イタズラだとするには、

 

複数の人間の目の前で動いた、

180キロのキャビネットは重すぎた。

 

そのためローゼンハイム事件は、

 

最も信憑性の高いポルターガイスト現象の

例とされているそうだ。

 

信じるか、否か。

 

それが問題だ。

 

本を閉じ、

 

昨日一日でこの街に起こった出来事を

ひとつひとつ考えてみる。

 

音だけの工事。

 

棚から飛び出した図書館の本。

 

コンビニ内の怪現象。

 

駅前のビルの奇妙な停電。

 

掘り出された並木。

 

ガソリンスタンドの揺れる給油ホース。

 

針がでたらめに動くアーケードの大時計。

 

そして石の雨。

 

いずれも、ポルターガイスト現象の例に

含まれてもおかしくない内容だ。

 

逆に言うと、

ポルターガイスト現象がそれだけ間口の広い、

 

言わばなんでもありの括り方をされている

ということだろう。

 

先輩は経験しなかったという

石が降るという現象も、

 

過去の事例を紐解くと散見できた。

 

石降り現象はどちらかというと、

 

心霊現象というよりRSPK説を

補強するようなものと言えそうだ。

 

ただ、昨日に街で起きた事件のうち、

 

ポルターガイスト現象と呼ぶには

少しおかしい部分がある。

 

それは工事の音と、並木、大時計、

そして石の雨の4つだ。

 

これらはいずれも、

家屋の中で起こったものではない。

 

ポルターガイスト現象は、

 

基本的には家屋の中で起こるものと

されているのに。

 

あるいは、

 

ガソリンスタンドの事件も、

屋外としてもいいかも知れない。

 

イタズラにせよRSPKにせよ、

 

屋外で影響を成した『焦点』とは

一体誰なのか。

 

大時計は何か仕掛けが出来たとしても、

 

短時間で誰にも気づかれずに

並木を掘り起こすことと、

 

100メートルにも渡って

路地に石の雨を降らせることは、

 

一体何者に可能だというのだろう。

 

そしてなにより、

 

これらが昨日のたった一日で起こった

出来事だという事実。

 

私の中で、ある気味の悪い

仮定が生まれつつあった。

 

その仮定は、

 

私の妄想の深い霧の中から、

奇怪なオブジェとして現れてきた。

 

まだその全てが見えているわけではない。

 

けれど、僅かに覗くそれは、

どうしようもなく不吉な姿をしている。

 

昨日一日で起きた怪現象が、

 

それぞれ偶発的な個別の

ポルターガイスト現象でないとすると・・・

 

私は立ち上がり、

窓のカーテンの隙間を指で広げる。

 

その向こう、闇の中には、

 

まだ起きている家の明かりが

ぽつぽつと点在している。

 

それは、夜の海に浮かぶ、

儚い小船の明かりのように見えて、

 

私を心細い気持ちにさせる。

 

目を閉じて心を落ち着かせ、

 

夜のしっとりとした甘い匂いを

鼻から吸い込む。

 

間崎京子は『エキドナを探せ』と告げている。

 

私は探さなくてはならないのだろうか?

 

怪物たちのマリアを。

 

怖い夢を見ていた気がする。

 

次の日、金曜日の朝。

 

私は寝不足の瞼を擦りながら、

目覚まし時計を叩く。

 

昨日は何時に寝たのだったか。

 

全身がだるい。

 

そして寝汗をかいている。

 

ベッドの上に胡坐をかいて、

髪の中に指を突っ込む。

 

ふつふつと記憶が蘇ってくる。

 

私は明け方の夢の中で、

母親を殺した。

 

昨日の夢と同じだ。

 

夢の中で私は足音を聞く。

 

そして玄関に向かい、

背伸びをしてドアのチェーンを外す。

 

顔を出した母親の首筋に、

刃物を走らせる。

 

胸には憎しみと悲しみに似た感情が、

混ざり合って渦巻いている。

 

血を間欠泉のように噴き出して

崩れ落ちる母親を見ながら、

 

※間欠泉(かんけつせん)

規則的または不規則的に熱水や水蒸気を吹上げる温泉。

 

私は自分自身の吐く息を、

 

どこか遠くから吹く隙間風のように

無関心に聞いている・・・

 

「しまった」

 

ベッドの上で、

搾り出すように言った。

 

ただの夢ではないのは明らかだ。

 

まったく同じ夢。

 

これ自体が怪現象の一部なのだ。

 

あるいは、

その本体に近い何か。

 

そもそも、

 

私がこの街に起こりつつある異変に

はっきり気づいたのが、

 

この夢からだった。

 

怖い夢を見たという記憶だけあるのに、

その中身を思い出せない。

 

そんな人間が恐らく、

この街の至る所にいたはずだ。

 

私もその一人だった。

 

その夢が、

朝の光の中に残るようになった。

 

その意味をもっと真剣に考えるべきだった。

 

クラス中で囁かれる

奇妙な噂話に気を逸らされて、

 

誰にも夢の話を聞いていない。

 

まさにその夢を忘れなかった朝から、

 

まるで手のひらを返したように、

怪異が街に噴き出し始めたというのに。

 

最短でこの怪現象の正体に迫る方法を、

私は見過ごしてしまっていた。

 

このロスが致命的なものにならないことを

祈るしかない。

 

「クソッ」

 

昨日から数えて何度目かの悪態を

枕にぶつける。

 

致命的?

 

その無意識に浮かんだ言葉に、

私は思わずゾクリとする。

 

直感が、

 

この街になにか恐ろしいことが起ころうと

していることを告げているのか。

 

バシン、と両手で頬を張る。

 

パジャマを脱ぎ、

急いで服を着る。

 

するすると皮膚の上を走る、

布の感触。

 

頭は今日するべきことを

冷静に考えている。

 

制服に着替え終えるとドアを出て、

まず妹の部屋に向かった。

 

「入るぞ」

 

妹はベッドに腰掛けたままで、

 

もぞもぞとパジャマを脱ごうと

している最中だった。

 

「な、なに」

 

警戒する様子にも構わず、

前に立って見下ろす。

 

「夢を見たか」

 

「はあ?夢?見てない」

 

たぶん。と付け加えた妹は、

訝しげに私の目を見る。

 

「最近、母親がやたらムカつかないか」

 

と聞いてみたが、

 

「別に」

 

との答え。

 

OK。

嘘をついている様子はない。

 

さっさと部屋を出る。

 

つまり、

受け取る側にも強弱があるのだ。

 

受信アンテナの性能とでもいうのか。

 

波長が合ってしまった人間だけが、

強制的にある感情を植えつけられている。

 

階段を降り、

リビングに向かう。

 

台所では、母親が冷蔵庫から

牛乳を取り出している。

 

「おはよう」

「おはよう」

 

自然な挨拶が交わされる。

 

大丈夫だ。

 

母親を憎む気持ちは収まっている。

 

少なくとも、

殺してしまうような角度にメーターはない。

 

無事にパンと牛乳の朝食を終え、

急いで家を出る。

 

昨日の工事の音は、

今朝は聞こえない。

 

今日も暑くなりそうな陽射しの強さだ。

 

歩きながら朝刊の記事のことを考える。

 

『UFOか?市内で目撃相次ぐ』

 

そんな見出しに、

 

潰れたような写りの悪い写真が

添えられていた。

 

昨日の午後6時過ぎ、

 

北の空に謎の発光現象が起こるのを、

多くの人が観測したという内容だった。

 

私が図書館にいた時間帯か。

 

見たかったな。

 

けれど、

こんな事件にはもうあまり価値はない。

 

ばら撒かれるピースに

顔を寄せて覗き込んでも、

 

なにも見えてこない。

 

私は昨日得た強引な仮説に基づいて、

 

この怪現象の全体像を

捉えようとしているのだから。

 

(続き)怪物 「転」 4/5

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