北向きの墓 3/3

袋に入っていたのは、

水と米だった。

 

墓の上から水を掛け、

米を供え手を合わせ、

瞑想する。

 

それが終われば、隣の墓に移る。

上の段から順々に。

 

しばらくその様子をぼんやり眺めていたが、

はっとした私は、慌てて彼の後について

お参りをする。

 

そうして、一段目、二段目と供養を続け、

一番下の段まで来た。

 

「これは、ひいおじいちゃん」

 

水を掛けながら、くらげが呟いた。

 

「・・・これは、ひいおばあちゃん」

 

次々と、その名前を呼びながら

手を合わせてゆく。

 

「これが、おじいちゃん・・・」

 

くらげの祖父の墓。

今まで一番長く手を合わせていた。

 

私はくらげの祖父に会ったことが無い。

 

けれども以前、彼の家で夕食を

ご馳走になった時のことだ。

 

死んだはずの祖父の席には

料理と酒が置かれ、

 

祖母は誰もいない空間に向かって、

嬉しそうに話しかけていた。

 

もちろん、私には祖父の姿は見えず、

まるでパントマイムを見ているかの

ようだった。

 

くらげにも祖父の姿は見えないらしい。

 

「・・・なあ、くらげのおじいちゃんって、

どんな人だったんだ」

 

祈り終え、顔を上げたくらげに

私は尋ねる。

 

「怖い人だった」

 

くらげはそう答えた。

 

「医者だったからかな。幽霊なんて、

全然信じてなかった・・・。

 

だから、僕とかおばあちゃんが

そういう話をするのが、

すごく嫌だったみたい。

 

・・・殴られたこともあるよ。

『正しい人になれ』って」

 

私はまた、あの夕食の席を

思い出していた。

 

私にとってはただ一度きりだが、

あの家では毎回、毎食、

同じ光景が繰り返されているのだ。

 

もし、くらげの祖父が、

生前自分が否定したモノに

なっていたとしたら、

 

彼は今どんな気持ちでいるのだろう。

 

くらげが最後の墓に向かう。

それは彼の母親の墓だった。

 

残り全ての水を注ぎ、

米を供える。

 

松葉杖を脇で支え、二拍手の後、

くらげは目を閉じた。

 

私は想像してみる。

くらげの母のこと。

 

一体どんな人物だったのだろうか。

 

しばらくして目を開けたくらげが、

ちらりと私の方を見た。

 

そして何か感じ取ったのか、

ゆっくりと首を横に振った。

 

「分からないよ。・・・何も、

覚えていないから」

 

私はどうやら無言の質問を、

していたらしい。

 

対する彼の答えがそれだった。

 

私はその名前が刻まれた墓石を見る。

 

母と過ごした記憶の無い彼に、

目の前の石の塊は

どう映っているのだろう。

 

「戻ろう」とくらげが言った。

 

私は黙って頷いた。

 

墓を出ようとした時、一陣の強い風が吹いて、

周りの木々をざわめかせた。

 

それはあまりに突然で、墓を掃除した

私に対するお礼だったのか、

 

それとも、よそ者が余計なことをするな

という怒りの声だったのか、

 

もしくはその両方か。

 

北向きの墓。

 

海に帰ることの出来なかった魂は、

一体何処へ向かうのだろう。

 

そんなことをふと思う。

 

「今日は、ごめんね。休みなのに」

 

山を下りている最中、

くらげがぽつりと呟いた。

 

実際、彼は人に仕事をさせて

自分が楽しようというタイプではないので、

 

今日、私が作業している横で、

心苦しかったのかもしれない。

 

けれどもそれは、

後からこうだったのかもしれない

と考えたことだ。

 

その時の私は、彼の気持ちなど

まるで思い至らなかった。

 

「ああ、それは別にいいんだけど・・・」

 

一つ、先ほどから、

ずっと気になっていたこと。

 

「まさか・・・、

勘違いされてないよな」

 

せっかく苦労して掃除したのに、

当の墓の下で眠る方たちに、

 

墓を荒らしに来たよそ者と思われたままでは、

頑張った甲斐がない。

 

私の言葉に彼は何度か目を瞬かせた後、

不意に私から目を逸らし、

何故か突然「くっ」と短く笑った。

 

笑ったことで肋骨に響いたらしく、

身体を丸め、脇腹の辺りを押さえている。

 

「おい、何が可笑しいんだよ」

 

私が口を尖らすと、

くらげはちらりとこちらを見て、

 

「・・・されたかもしれないね。勘違い」

 

そう言って、また小さく笑い、

「いたた・・・」と脇腹をさすっていた。

 

(終)

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