木の人形に五寸釘

中学二年の秋口、

 

俺は勉強や部活そっちのけで

オカルトにはまっていた。

 

そのきっかけになったのが

近所に住んでいた従姉妹で、

 

この人と一緒にいたせいで、

何度かおかしな体験をした。

 

これは、その中のひとつ。

 

夏休みも終わり、

ひと月が経とうとしている頃だった。

 

俺は従姉妹に誘われ、

家から一時間ほどの場所にある

ケヤキの森に来ていた。

 

美人だが、無口でオカルト好きな

従姉妹は取っつきにくく、

 

正直、二人でいるのは

苦手だったが、

 

従姉妹が買ったバイクに

乗せてもらえるので誘いにのった。

 

ケヤキの森は周辺では有名な

心霊スポットで、

 

曰わく、今は使われていない製材所で、

夜毎手首を探す男が出る。

 

曰わく、森の中ほどに位置する沼には、

死体が幾つも沈んでいる。

 

といった調子で、

怪談にはことかかなかった。

 

そうでなくても木々が鬱蒼と茂り、

昼でも薄暗い様子は、

 

一人きりで放り出されたような

不気味なものがあった。

 

従姉妹が俺を誘ったのも、

オカルト要素たっぷりのスポットを

探検したいが為だった。

 

森の内部に踏み入るにつれ

道は狭く細くなり、

 

やがて獣道同然の、

心許ないものになった。

 

俺は既に腰が引けていたのだが、

従姉妹が躊躇いなく進んで行くので

仕方なく付いていった。

 

やや大きめの木の下に差し掛かった時、

従姉妹が嬉しそうに何かを指差した。

 

見上げると、

その木に板が打ち付けてあった。

 

いや、ただの板ではない。

太い釘が大量に刺さっている。

 

近づいてよく見ると、

 

板に細い木材を組み合わせた

ノッポな人形のようなものが

付けられており、

 

そこに五寸釘が大量に

打ち込まれていた。

 

俺は人形を見上げながら、

どこかしら奇妙な違和感を覚えていた。

 

藁人形ではなく木の人形。

 

身をよじるような造形のそれは、

全体を稚拙ながら関節まで再現され、

それ故に禍禍しさを感じさせた。

 

俺は従姉妹に引き上げようと告げ、

元来た道を戻り始めた。

 

従姉妹は意外にも素直に付いて来たが、

恐ろしいことを口にした。

 

「夜に来てみない?

丑の刻参りが見られるかも。

釘、まだ新品だったし」

 

俺は強く反対したのだが

従姉妹に押し切られ、

 

結局その夜、家人が寝静まった

夜半過ぎに家を抜け出した。

 

従姉妹と待ち合わせ、

ケヤキの森に着く頃には

1時を回っていた。

 

入り口にバイクを隠し、

懐中電灯の明かりを頼りに

森の中へと足を進めた。

 

夜の森は静まり返り、

昼間とは全く違う顔を見せていた。

 

鈴虫やコオロギの声。

 

俺や従姉妹が

下生えを踏みしめる音。

 

有機的な匂い。

 

時折、さっと何かが立てる音がして

俺をびくつかせた。

 

だが従姉妹は意に介する様子無く歩き、

俺は呆れると同時に心強く思った。

 

昼間人形を見つけた木まで辿り着き、

離れた茂みに身を潜めることにした。

 

従姉妹が時計を確認し、

懐中電灯を消す。

 

「もう少しで2時。楽しみだね」

 

従姉妹が囁いた。

 

俺は内心楽しみじゃねえよ、

と毒づきつつも頷いた。

 

確かに高揚するものはあった。

 

動くものが無くなった森の静寂は、

耳を刺すようだった。

 

ここに着くまでに多少汗をかいたのだが、

それも今は引き、やや肌寒いくらいだった。

 

時間は歩みを止めたかのように、

速度を落とした。

 

先ほどの高揚は、

やがて緊張に姿を変えた。

 

俺は暗闇の中に打ち付けられている

人形を思い浮かべ、

 

昼間の違和感は何だったのか、

と考えていた。

 

木・・・人形・・・幹。

 

あっ、俺は思わず声を上げた。

従姉妹が振り返る気配。

 

しっ、と小さな声が聞こえた。

俺は違和感の正体に気づいた。

 

何で思い当たらなかったんだろう。

 

あの人形を、

俺と従姉妹は見上げていた。

 

もちろん従姉妹は女、

俺はまだ中学生だ。

 

だがあれは、

 

2メートルよりかなり高い場所に

打ち付けられていた。

 

大人でも五寸釘を打ち込むのには、

適切な高さがあるはずだ。

 

自分の目の高さか、

もう少し上くらい。

 

だがあれは2メートル50はあった。

 

一体どんなやつなら、

あんな場所にある人形に

釘を打てるんだ。

 

俺が恐慌をきたし始めた時、

遠くから下生えを踏む音が聞こえてきた。

 

虫の声が止んだ。

 

微かな音を立て、

ゆっくりとこちらに近づいて来る。

 

従姉妹が隣で息を飲んだ。

 

俺は自分の手足が冷たくなるような

感覚に襲われた。

 

足音が近づく。

 

引きずるような乾いた

擦過音が混じる。

 

もう目前から聞こえてくる。

 

いくら夜の森でも、

ぼんやりとくらいは見えるはずだ。

 

しかし目の前には何も見えない。

ただ足音だけが通過した。

 

そして、立ち止まった。

木の下に着いたのだろうか。

 

辺りは再び静まった。

もう足音は聞こえない。

 

「あ、ヤバい・・・」

 

従姉妹が小さくうめいた。

 

「逃げるよ!」

 

そう言って、俺の腕を掴み走り出す。

それで一気にパニックが襲った。

 

必死に走った。

よく転ばなかったものだと思う。

 

とにかく何かが、

 

得体の知れない何かが追ってくるのを

想像して全力で駆けた。

 

バイクの隠し場所に辿り着くと、

従姉妹を急かして

バイクの後ろに飛び乗った。

 

そのあいだ片時も背後の森から

目を離さなかった。

 

エンジンがかかり、走り出すと、

安堵感が全身を包んだ。

 

最後に振り返った時、

 

森の入り口に何か白いものが

見えたような気がしたが、

 

よく分からなかった。

 

後日、従姉妹に、

あの夜見たものを聞いてみた。

 

俺はかなり後を引きずっていたのだが、

従姉妹は全く堪えていないようだった。

 

「あれはね、生きてるものではないね。

肉体が活動しているかって

意味で言えばってことよ」

 

「何であんな高い場所に打ちつけて

あったんだよ」

 

「ああいうのは感情の強さによって、

形を変えるの」

 

「死んでからもあそこに

通ってたってこと?」

 

「通ってたってより、あの人形そのものに

なっていたんじゃないかなあ。

あの人形、やたらノッポだったでしょ」

 

そして従姉妹は、

にやりと笑って付け足した。

 

つまり、あの人形を

あんたの家に置いておけば、

 

毎晩、アレが来るんだよ。

 

しばらくの間、

俺はそれまでとはうってかわって

家中を掃除するようになった。

 

(終)

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