分かってしまった人だけが何も語らない

私には年の離れた兄がいる。
この話は、兄が大学2年生、私が中学1年生だった夏の出来事。
その日、兄は大学の友人たちと遊園地のプールへ出かけた。
男女合わせて8人。
よくある、どこにでもある夏休みの遊びだったはず。
夕方、家に兄から電話があった。
「今日は遅くなる。ちょっと、大変なことがあった」
それ以上は何も言わず、電話は切れた。
兄が帰宅したのは、日付が変わった深夜だった。
玄関に立った兄の顔を見て、私は一瞬、誰か分からなかった。
たった1日で、人はここまで疲れ切った顔になるものなのかと思った。
母に事情を聞かれ、兄はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。
閉園間際、帰ろうとした時に“友人の1人がいない”ことに気づいたという。
冗談で隠れているのかと思ったが、いくら探しても見つからない。
携帯に電話しても出ない。
家に電話をすると、「まだ帰っていません」と言われた。
嫌な予感がして、監視員に頼み、プールの水さらいまでしてもらった。
それでも、いなかった。
7人で友人の家まで行ったのが夜9時。
それでも彼は戻っていなかった。
警察に捜索願を出し、その日は解散するしかなかったという。
話を聞いている間、兄の様子がずっとおかしかった。
何か言いたそうで、言えずにいるような顔をしていた。
私はそれが気になり、兄の部屋へ行った。
兄も、私と同じように霊感が強い。
「……なあ」
兄は小さな声で言った。
「どう思う?」
私が答える前に、兄は続けた。
「どうも、人間の仕業じゃない気がする」
その瞬間、私の背中を冷たいものが走った。
私も、同じことを感じていたからだ。
話を聞いている間ずっと、人のものではない、妙に粘ついた”意思”のようなものを感じていた。
翌朝、兄は真っ先に友人の家へ電話をかけた。
答えは、昨日と同じだった。
帰っていない。
それから1週間が過ぎた。
兄は、「自分が感じたことを、あの人たちに伝えないといけない気がする」と言い出した。
私は止める気になれず、一緒に友人の家を訪ねた。
事情を聞いた友人の母親は、兄の話を最後まで聞くと、突然、嗚咽のような声をあげて床に崩れ落ちた。
そして、何かに突き動かされるように部屋を飛び出していった。
しばらくして戻ってきた母親の手には、“1枚の写真”が握られていた。
「これを、見てください」
差し出された写真を見た瞬間、言葉にできない違和感が胸に広がった。
それは雑誌社の人間が撮影した、プールのスナップ写真だった。
夏のレジャー特集の取材で、偶然撮られたものだという。
撮影日は、兄たちがプールに行った日と同じ。
場所も、同じプールだった。
写真には、高さが3段階に分かれた飛び込み台が写っていた。
その最上段から、消えた友人が飛び込もうとしている瞬間だった。
捜索願が出ていたため、警察が使っていた彼の写真を見て、雑誌社の人が「この人だ」と気づき、両親のもとへ持ってきたのだそうだ。
だが、写っていたのは彼だけではなかった。
彼の背後、まるで抱きかかえるように、『白髪の老婆』が写っていた。
写真いっぱいに、はっきりと。
母親は震える声で言った。
「この写真を見た瞬間、もう分かってしまったんです」
何を、とは言わなかった。
彼が発見されたという話は、10年以上経った今も、聞かされていない。
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、「人が消える理由には、私たちが理解できる説明だけが存在するわけではない」ということです。
兄や語り手は、友人がいなくなった時点で「事故」や「事件」とは違う何かを感じ取っています。でもそれは証拠にできるものでも、他人を納得させられるものでもありません。ただの“嫌な予感”です。普通なら、それは無視される類の感覚です。
ところが、後になって出てきた写真によって、その予感は否定できなくなります。写真は真実をはっきり説明してくれるわけではありませんが、「この出来事は人の手だけで起きたものではないかもしれない」と強く示してしまう。だから母親は写真を見た瞬間に取り乱し、そして何も説明しようとしなかったのです。説明すればするほど、かえって嘘になることを知ってしまったからです。
この話の怖さは、白髪の老婆が何者か、友人がどうなったのか、という点にはありません。本当に伝えたいのは、理由を知ることと、理解できることは別だということです。分かってしまった人は沈黙するしかなく、分からない側は永遠に答えを探し続ける。その断絶そのものが、この話の核になっています。
つまりこの話は、怪異そのものを描きたいのではなく、人が突然いなくなる出来事の中には、理由を探せば探すほど何も言えなくなってしまう種類のものがあり、それに触れた人間は、理解した瞬間に沈黙するしかなくなる、ということを伝えています。
タグ:写真に写ってはいけないもの, 実話怪談, 正体不明, 見てはいけないもの, 語られない結末

































