嫉妬深い彼女の恐ろしい素性

足

 

異常に嫉妬深い彼女に

別れ話を持ちかけた。

 

優しい人だったが、

 

妙にネガティブで

寂しがり屋だった。

 

本格的に付き合い始めてから、

彼女の異常さに気付いた。

 

俺の携帯が鳴る度に、

 

「誰からなのか?」

「何の話だったのか?」

 

執拗に問い詰める。

 

休日には、必ず自分と

一緒にいるように強制。

 

やむを得ない仕事などの理由で

一緒にいられない時は、

 

それこそ10分おきに

連絡が来る。

 

とにかく俺の行動の全てを

管理したがった。

 

また、自分以外の女性と

俺が会話するのを

 

一切認めない。

 

近所の人に挨拶もさせない。

 

レストランとかでも、

 

店員が女性の時は必ず

彼女が注文をとった。

 

仲の良かった姉が急に

連絡して来なくなったのも、

 

彼女がさまざまな嫌がらせを

していたからだと知った。

 

さすがにやばいと思って

彼女の実家に相談してみたが、

 

「うちの子は、

 

前の男にふられてから

だんだんおかしくなった。

 

あなたと付き合うようになって、

あれでもだいぶ落ち着いた。

 

少々変なところもあるが、

かわいそうだから見逃してほしい」

 

言葉に出していないが、

 

これ以上、娘がおかしくなる

ようなことをするな(別れるな)

 

と言ってきた。

 

警察にいる友人にも

相談してみたが、

 

警察は色恋沙汰には

死人でも出ない限り、

 

関わろうとしないらしい。

 

しかし、

 

さすがにこれ以上、

面倒も見切れない。

 

話し合うにも、

言葉が尽きた。

 

これ以上一緒にいると、

俺が狂ってしまう。

 

彼女のマンションに行き、

 

出来る限り穏やかに遠回りに、

別れ話を持ち出してみた。

 

途端に、

人とは思えぬ形相で、

 

めちゃくちゃに俺に

掴みかかる彼女。

 

必死で抑えつつ説得を試みるも、

 

執拗に俺の眼球を

引っ掻こうとするさまに、

 

恐怖を覚え、

突き飛ばす。

 

思いっきり転んだ彼女は、

 

飛び起きながら

台所に走り込む。

 

今までに感じたこともない

悪寒を覚え、

 

彼女が台所にいるうちに、

 

靴を残して彼女の部屋を

飛び出した。

 

エレベーターをそわそわ

しながら待っていると、

 

彼女がドアをぶち破るように

部屋から出てきた。

 

裸足で手には包丁を持っている。

 

それだけを確認して、

 

来ないエレベーターを見限り、

階段に走る。

 

マンションの階段を、

 

転がり落ちるようなスピードで

駆け下りるが、

 

追いすがる彼女の声を

引き離せない。

 

一階正面ゲートから

駐車場に着くより早く、

 

彼女が追い付いて来る。

 

必死で走っている耳に、

彼女の荒い息が聞こえてくる。

 

逃げ切れないと判断して、

 

ぎりぎりまで彼女が追い

すがってきたところで、

 

急にしゃがみ込みで

足を払った。

 

彼女は俺につまづく形で、

 

勢いよく顔面から

アスファルトに突っ込む。

 

包丁を落としたので、

柄を蹴って遠くに飛ばした。

 

彼女が起き上がるより早く

自分の車に駆け寄りながら、

 

ポケットを探り、

鍵を取り出す。

 

鍵を開けてドアを開けながら

中に滑り込むのを、

 

ほとんど同時にやってのけ、

エンジンをかける。

 

バックして方向転換、

 

駐車場の外に向かって

アクセルを踏もうとした時、

 

運転席ががばっと開いた。

 

息を吸った弾みに「ひいっ」と、

か細く情けない悲鳴がこぼれる。

 

彼女を直視できない。

 

ゴミ処理用の焼却炉を、

 

稼動中に覗いて猛烈な熱気に

顔を背けたことがあるが、

 

今の彼女はあれに似ている。

 

ほとんど反射的に

アクセルを踏み込んで、

 

車を走らせた。

 

彼女はドアにつかまって、

 

併走しながら俺の名前を

絶叫していたが、

 

スピードが上がって、

ついに手を離した。

 

爪が剥がれたようで、

 

運転席側のドアの内には、

血の線が残った。

 

夜の街を制限無視で走りながら、

俺は泣きじゃくっていた。

 

その日のうちに荷物をまとめて

実家に逃げ込んだが、

 

その日から二度と彼女を

見ることはなかった。

 

彼女からも彼女の実家からも

全く音沙汰がないので、

 

自殺でもしたのかと

怯えていたが、

 

友人がさりげなく見てきたところ、

 

何事もなく普通に

暮らしていたという。

 

時間が経って

楽観的になった俺は、

 

また自分のアパートに

帰ることにした。

 

夕食でも作ろうと

冷蔵庫を開けると、

 

小包が出てきた。

 

嫌な予感はしたが

開けてみると、

 

中からは手紙らしい封筒と、

 

あの日、

マンションに置いてきた靴が

 

短冊状にずたずたにされた

ようなものが出てきた。

 

それを見た途端、

あの日の恐怖が蘇った。

 

心臓が急に暴れ出し、

 

口の中が干上って、

嫌な味がしてきた。

 

ひゅーひゅーと

荒い呼吸を宥めながら、

 

恐る恐る同封されていた

封筒を開けてみる。

 

予想した手紙ではなく、

 

硬い花びらのようなものが

手のひらに散らばった。

 

それが根元から剥がれた

10枚の爪だと分かった途端、

 

声を上げて手のひらから

払い落とした。

 

慌てて友人に連絡を

取ろうとするが、

 

家の電話機が動かない。

 

よく見ると、

電話線がちぎられていた。

 

喉から変な呻き声を漏らしながら、

 

充電中の携帯を

手に取るのと同時に着信。

 

・・・あの彼女から。

 

さっきの爪の時のように、

 

携帯を放り出して、

へたり込んだ。

 

腰が抜けて座り込んでいる

俺の後ろから、

 

玄関の鍵を開けてドアが

開く音と同時に声がした。

 

「早く出てよ」

 

(終)

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