有線放送が告げた死者とのすれ違い

バイクに乗る老人

 

これは、父が体験した話。

 

父が子供の頃に住んでいた村は、かなりのド田舎だった。

 

過疎化が進んでいるのに合併を拒み、いまだに『村』として残っている。

 

この村には有線放送といえばいいのか、集会の案内や気象情報、定時にはラジオ体操まで流れるものが、それぞれの家に引かれていた。

 

その有線放送では、“村人の出棺時刻”までお知らせとして流されていたという。

 

父が小学5年生だったある日の夕方。

 

家で客人と酒を飲んでいた祖父が、「酒が切れたから買ってきてくれ」と父にお使いを頼んだ。

 

父は4人兄弟の次男だったが、兄は臆病で、真っ暗な冬の夕方に暗い山道を抜けて酒屋に行くのが嫌でたまらず、お使いを父に押しつけた。

 

父の家から酒屋へ行くには、昼間でも薄暗い細い山道を下らねばならなかった。

 

軽トラックが1台やっと通れるほどの道である。

 

だが当時、ケンカも強くて「怖いものなんて親父くらいだ」と思っていた父は、兄をからかい、気の短い祖父の雷が落ちないうちに家を出た。

 

酒屋には何事もなく着き、酒を買った。

 

帰り道も特に恐怖を感じることなく、元来た山道を登っていった。

 

そのとき、ふいにスクーターの音が聞こえてきた。

 

山道は静かだったので、音がはっきり響いたそうだ。

 

「あ、坂田のじいちゃんだ」※仮名

 

父はそう思ったという。

 

そのじいさんは、赤いスクーターにいつも乗っており、村でそれを持っているのは彼だけだった。

 

だからスクーターの音がすれば、誰もが「坂田のじいさんだ」と思ったらしい。

 

案の定、父の横をそのじいさんがスクーターで通り過ぎた。

 

今にして思えば、やけに蒼白い顔をしていて、暗がりの中でもはっきりとその姿を見分けられたと父は言う。

 

「こんばんはー」

 

父は声をかけたが、じいさんは完全に無視した。

 

いや、聞こえていないようにも見えたという。

 

スクーターのエンジン音だけが山道にくっきりと響き、やがて遠ざかっていった。

 

「なんで挨拶を返してくれんかったんかなあ……」

 

父はそう思いながらも、特に気にせず家へ戻った。

 

すると、ちょうど流れていた有線放送の内容に凍りついた。

 

『坂田シゲルさんの出棺は、明日の午後1時です』

 

その瞬間、父は本当に身の毛がよだつのを感じたという。

 

「嘘じゃ! さっき俺、そこで坂田のじいちゃんとすれちごうた!」

 

そう言う父に、祖父は顔をしかめて答えた。

 

「何を呆けたこと言うとるんじゃ。あのじいさんなら今朝、血ぃ吐いて死んどるわ」

 

呆然と立ち尽くす父を尻目に、祖父はコップの酒を飲み干して言った。

 

「そんな歳で呆けたことを言っとったらおえん」※おえん=ダメだ(中国地方の方言)

 

そう笑ったそうだ。

 

幽霊をこの目で見たのは、父にとってそれが最初で最後だった。

 

けれど、「本当に不思議なことが世の中にはあるもんだ」と父は今も言う。

 

(終)

AIによる概要

この話が伝えたいことは、日常の中でふとした瞬間に「この世のものではないもの」と出会ってしまうことが本当にあるのだ、という不思議さと恐ろしさです。

田舎の静かな風景や有線放送といった生活の細部がかえって現実感を強め、その中で確かに見たはずの人物がすでに亡くなっていたという矛盾が、強烈な印象を残します。

怖いもの知らずの少年だった父ですら凍りつく体験をしたことから、普段は信じがたい「幽霊の存在」を否応なく実感させられ、人間には理解できない出来事がこの世には確かに存在するのだ、という思いを読み手に伝えています。

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