とあるバイト

15年程前の話。

 

俺はその頃、名古屋にある大学に通っていて、

1人暮らしをしていた。

 

親には無理言って1人暮らしさせてもらってる手前、

そんな仕送りも要求できないので、

割のいいバイトを探すことにしたんだ。

 

大学に入って色んなバイトを転々としたんだけど、

これといっていい条件のバイトに恵まれず、

1人暮らしを諦めようかとか思ってたところに友人から

「とあるバイト」を紹介されたんだ。

 

それは、新聞の求人情報欄の1コマに

掲載されていた地味なバイト。

 

気をつけて読まないと

絶対に気づかないレベル。

 

条件は明記されていなかったが、

「日給弐萬円也」の一文が俺の心を突き動かした。

 

即決だった。

 

雇い主の家に電話をして詳細を尋ねると、

とりあえず一度会いたいと言われ、

先方のお宅へ伺うことに。

 

先方からは、

「場所が入り組んでてわかりにくいだろうから、

当日は迎えをよこす」と言われたので、

当日の俺は指定された駅で待機。

 

雇い主の家族らしき人が乗ってきた車で、

雇い主宅まで向かったんだが、

土地勘がさっぱりな俺は途中から場所がわからなくなり、

心配になって運転手に

「今から向かう先って、俺一人でも行ける場所ですか?

免許まだなんです」

と尋ねたところ、

「ああ、何度も続けてもらうかどうかは

娘が決めることだから」

とだけ回答された。

 

その後は、特に会話も交わさず揺られること50分。

市街地を離れ緑がやや多くなってきた住宅街の一角、

やや大きめの一軒家の前で停車した。

 

雇い主は、その家の奥さんらしい人だったようで、

話を聞くと仕事の内容は至って単純かつ難解なものだった。

 

その家には一人娘がいるんだが、

幼い頃から何らかの理由で寝たきりになってしまったらしい。

 

意識は有るような無いような状態で、

こちらの話すことには若干反応を見せるものの、

言葉や態度で返すことは無いと言うことだった。

 

俺の仕事というのは、

その娘が退屈しないように話しかけるだけの仕事。

 

返事も期待しなくていい、反応も見なくていい。

ただ、「面白いと思うことを話し続けろ」という、

奇妙な仕事だった。

 

部屋に通されると、そこはあまり広くない和室で、

部屋の真ん中に布団が敷かれており、

そこに中学生くらいの女の子が寝ている状況だった。

 

なんか奇妙すぎて居心地悪かったけど仕事だし、

ということで、さっそく女の子に挨拶することに。

 

「こんにちは。

今日、話し相手のバイトで来ました○○と言います」

 

まぁ、返事は無い。

 

そこは前情報通りなので気にせず、

とにかく色々話しかけることにした。

 

そして2時間くらい独り言を続けているうちに、

俺は妙なことに気がついた。

 

この子の母親らしき人から、娘は1人と伺っていたのに、

なぜか学習机が2つ。そこに掛かるランドセルも2つあった。

 

話がネタ切れになりつつあったこともあり、

気になった俺はそれをネタに話しかけてみた。

 

「もしかして姉妹とか兄弟とかいるの?

俺は1人っ子なのでうらやましいな」

 

その瞬間、女の子のおなかの辺り、

掛け布団の中で何かが跳ねるように動いた。

 

今まで人形相手にしてる気分だった俺は、

いきなりの反応に驚いてしまい、

そのまま女の子の顔を凝視してしまった。

 

しかし女の子は無表情。

天井を見つめるだけ。

 

ただ、掛け布団のおなかの辺りで、

何かがモゾモゾと動いているのは見てとれた。

 

掛け布団の中が気になって、ちょっと覗いてみたくて、

誰もいない不思議な雰囲気がさらにその気持ちを加速させる。

 

掛け布団をそっと剥がそうと思ったけれど、土壇場で、

やはり痴漢騒ぎでも起こされたらマズイと思い留まった。

 

その後も、しばらく布団が気になりつつも独り言を続けて、

いつのまにかバイト契約時間も終わり間近に。

 

「それじゃ、今日はもう帰りますね。

また機会があればお話しに来ます」

 

と返事も期待せずに声をかけたんだ。

実際もう帰りたかったし二度と来る気もなかった。

 

立ち上がろうとした、その時、

「なかを みなかった おまえは もういらん」

 

それまで表情一つ変えなかった女の子が、

こちらを見つめながらそう言い放った。

 

そのときの女の子の目が不気味で、

もうそこに居たくないという気持ちが強く、

後は、バイト代を早々と貰って帰ることに。

 

奥さんらしき人から

バイト代の入った封筒を受け取るときに、

「すいませんね。あの娘があまり気に入らなかったみたいで。

継続は無しで」

 

と言われたんだが、俺もすっかり続ける気は失せていたので、

そのままバイト代を受け取って帰ることに。

 

駅まで送ると言われたが、それすらも嫌な気がして、

タクシーを呼んでもらい逃げるように家に帰った。

 

その後、その家がバイト募集している記事を

見たことはなかったし、そこに近づこうと思ったことも無い。

 

ただ、唯一心残りだったのは、

あの女の子の布団の下に何があったのか。

 

それをもし見ていたら、どうなっていたのか・・・。

 

(終)

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