三人目の大人 1/2

教室

 

小学校2年生の教室で、

図工の時間に、

 

『あなたの家族を描いてね』

 

という課題が出た。

 

みんなお喋りをしながら、

色鉛筆で画用紙いっぱいに絵を描いた。

 

原っぱに、

 

お父さんとお母さんと女の子が

ニコニコ笑いながら並んでいる絵。

 

スベリ台のようなものに乗って

遊んでいる子ども二人を、

 

お父さんとお母さんが見ている絵。

 

お父さんとお母さんだけではなく、

 

おじいちゃんおばあちゃんも一緒に

並んでいる絵。

 

飼っている猫や犬も一緒に

描いている子が多かった。

 

その年代の子どもは、

 

ペットも家族の一員という認識が

強いのだろう。

 

授業が終わり、

 

描きあがった作品を

ひとつひとつ見ていた先生は、

 

ふと、

ある生徒が描いた絵に首を傾げた。

 

それはクラスでも大人しい、

目立たない男の子が描いたもので、

 

見た目には何色もの色鉛筆をふんだんに使い、

賑やかで楽しい絵になっている。

 

けれど、

そこには奇妙な違和感があった。

 

画用紙には、

 

家族がテーブルらしきものを囲んで

座っている絵が描かれている。

 

食事どきの団欒の風景だろうか。

 

みんなこちら側を向いているのだが、

その構成がどこかおかしい。

 

左から、

 

お父さんらしい眼鏡を掛けた大人と、

お母さんらしいパーマ頭の大人。

 

そして男の子が一人。

 

さらに右端には、

もう一人の大人がいる。

 

みんな笑っていて、

 

口の中は赤い色で

豪快に塗られているのに、

 

右端の大人だけは口を閉じたまま、

無表情で座っている。

 

目は糸のように細い。

 

大人だということは、

身体の大きさで分かる。

 

クラスの子どもたちはみんな、

 

子どもである自分と大人を

はっきり大きさで区別している。

 

その右端の無表情の大人は、

年齢はよくわからないが、

 

シワを表す線がまったくないので、

少なくとも老人ではないようだった。

 

三人の大人と一人の子ども。

 

・・・・・・

 

それはどこか、

人を不安な気持ちにさせる絵だった。

 

先生は、

その男の子の家族構成を思い出す。

 

団地のアパートの一室に住んでいる一家で、

 

お父さんとお母さんとその一人息子の、

三人家族だったはず。

 

では、この三人目の大人は

一体誰なのだろう。

 

最近、親戚でも

遊びに来ていたのだろうか?

 

そう思って、

 

先生はこびり付くような

気持ちの悪さを振り払う。

 

気を取り直して次の絵をめくる。

 

けれど、

頭の片隅ではその三人目の大人が、

 

どうして笑っている家族の中で一人だけ

無表情に描かれているのだろうと、

 

考えずにはいられなかった。

 

2週間が過ぎた。

 

その日は参観日で、

 

教室の後ろにズラリと並ぶ

着飾った大人たちに、

 

子どもたちは気もそぞろ。

 

※気もそぞろ

他のことが気にかかって落ち着かない。

 

いつもは張り切って悪さをする子も、

 

その時ばかりはカチンコチンに緊張して、

大人しくなってしまっている。

 

先生は授業の終わりに、

 

「このあいだの図工の時間に、

みんな家族の絵を描いたよね」

 

と言った。

 

「きゃあ」という、

子どもたちの歓声。

 

そして先生は授業参観をしている

父兄たちの後ろを手で示し、

 

「後ろの壁に貼っているのがその絵です」

 

と言った。

 

父兄たちは一斉に振り返り、

我が子の作品を見ようと、

 

絵の下に貼られた名前を頼りに探し始める。

 

そしてお母さんたちは「いやぁ」

と口々に言って、

 

大げさな身振りで恥ずかしがる。

 

お父さんたちは静かに苦笑をする。

 

子どもたちは、

てんでに騒ぎ始めて大はしゃぎ。

 

そんな光景を微笑ましく眺めていた先生は、

 

父兄たちに話しかけようと、

教壇を降りて歩き始める。

 

その瞬間、

つんざくような悲鳴があがった。

 

悲鳴は教室中に響き渡り、

大人も子どもも息を呑んで動きを止める。

 

その声の主は、

 

壁の隅の絵を見ていた

パーマ頭の女性だった。

 

先生が駆け寄ると、

その女性は目を剥き、

 

指を鉤のように折り曲げて

口元にあてたまま叫び続けている。

 

※鉤(かぎ)

先の曲がった金属製の器具。物をひっかけるのに使う。また、そうした形のもの。

 

その視線の先には、

 

絵の中でテーブルの端に座る、

三人目の大人の無表情な顔があった。

 

「という怪談があってな」

 

と師匠は言った。

 

大学に入ったばかりの春のことだった。

 

彼は大学のサークルの先輩だったが、

 

サークル活動とはまったく無関係に

重度のオカルトマニアで、

 

僕はその後ろをヨチヨチとついていく、

弟子というか子どものような存在だった。

 

「ここはどこですか」

 

一応聞いてみたが、

答えは薄々わかっていた。

 

僕たちは人気のない団地の、

 

打ち捨てられて廃墟同然になっている

アパートの一室に忍び込んでいた。

 

僕たちがしゃがみ込む畳には、

 

土足の跡や、空き缶、

何かが焦げた跡などがある。

 

少なくとも、

 

人が住まなくなって5年以上は

経っている様子だった。

 

(続く)三人目の大人 2/2

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