ライブハウス常連客のおばさんの素性

ライブハウス

 

最初に書いておくが、

俺には霊感なんてものは全くなかった。

 

今回が初めてだ。

 

俺は都内で、

仲間と趣味でバンド活動をしている。

 

ただのコピーバンド(以下コピバン)だけど。

 

※コピーバンド

有名なバンドの楽曲を複製し、演奏するバンドを意味する和製英語。

 

お客さん集めてお金を取って・・・

という趣向ではなく、

 

完全に自己満足でやっているコピバン。

 

それに、

コピバンオンリーのイベントにしか出ないし。

 

そんな感じで先月にも簡単なライブを

やったんだけれど、

 

その時、お客に混じって、

変なおばさんがいたんだ。

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幽霊よりよっぽど怖い人間

ボサボサの黒い長髪で、

 

顔色が悪く、

眼の下に大きなクマを作り、

 

口をヘの字に曲げた、

不健康そうなチビで小太りのおばさん。

 

出番も終わった俺は、

 

他のバンドを見ながら

ビールを飲んでいたんだけれど、

 

俺のそばにそのおばさんがいて、

取り巻きと何か話している。

 

ちょっと耳を傾けていたら、

こんな話だった。

 

「ライブハウスを立ち上げようとしていた旦那が、

突然の病気で去年の冬に亡くなった。

 

志し半ばで死んでしまった旦那の弔いとして、

1周忌の追悼イベントを自分が開催する。

 

バンドが好きだった彼のためになればいい」

 

なかなか芯の強い人だな・・・と、

俺は率直にそう思った。

 

その時に、

何気なく上を見上げたんだ。

 

ライブハウスって大体が地下にあるから、

 

天井には空調などの色んなパイプが

ムキ出しになっている場所が多い。

 

その白くて太いパイプと細いパイプの隙間に・・・

本当にゾッとした。

 

顔を見たよ、俺は。

 

黒くて無表情な口を半開きにした・・・

 

ビールを落とした。

 

誰にも何も言えなかった。

 

一瞬、

演奏が始まった音で気を取られたら、

 

もう消えていた。

 

目を離したわけではなかったが・・・

 

すぐに、「錯覚だ!自分の思い込みだ!」

と思って気持ちを落ち着かせた。

 

そして次の週末に、

 

バンドのメンバーの一人と会って、

飲んでいた時のこと。

 

(彼とは古い付き合いなので、

よく二人だけで飲む)

 

ふと、そいつの口から、

会場にいたそのおばさんの話が出た。

 

俺らのようなハードロックのコピバン業界では

結構な有名人だったらしく、

 

バンドやライブが好きみたいで、

 

まだ高校生の娘と一緒に、

どこにでも顔を出しているらしい。

 

(俺らのライブの日にも娘はいたらしいが、

俺は確認できなかった)

 

しかし、

この人にはちょっと問題があって、

 

音楽が好きでライブハウスに来るのではなく、

 

ライブをやる人間との親交を目当てに、

首を突っ込みに来るらしいのだ。

 

バンドをやっている人間からしたら、

 

自分のバンドを盛り上げていきたい気持ちで

いっぱいな奴だってたくさんいるわけで、

 

お客さんを邪険に扱うことなんて、

絶対に出来ないんだ。

 

こういう人ばかりじゃないけど・・・

 

そんな腰の低い人たちに、

自分の自慢や娘の自慢など、

 

とにかく自慢を垂れ流すことで有名な

おばさんということだった。

 

ところが、

そいつが言うには話がもう一筋あって、

 

それが俺が聞いた旦那のことだった。

 

『病気で死んだバンドが好きだった旦那』

 

実はこれが全くのウソっぱちで、

どうも病気ではなく自殺らしい。

 

その自殺に至った経緯というのが、

また凄まじかった。

 

旦那が会社をリストラされて、

退職金とバイトで何とか食い繋いでいた去年。

 

そんな大変な時期に、

 

おばさんのライブハウス周りは

熱を増してしまい、

 

娘と毎日のように車でライブハウスを

行脚する生活。

 

家に車は一台しかなく、

それをおばさんが乗りっぱなしなので、

 

車好きでドライブが趣味の旦那は

乗ることができなかった。

 

家にお金は無いのに、

 

退職金を使ってライブどころか

打ち上げまで出てくるおばさん。

 

朝まで飲み、

昼前に帰り、

 

夜まで寝て、

またライブハウスへ行く。

 

慣れないバイト先での仕事に、

インスタントの食事。

 

家に居ない家族。

 

旦那はうつ病になった。

 

そして、

 

200キロも離れた場所での

どこぞのバンドのライブに参加するために、

 

家を出ようとするおばさんを

旦那が引き止めたらしい。

 

「行かないでくれ。寂しい」と。

 

でも、おばさんはそんな旦那を振り払い、

車を走らせそのライブに参加した。

 

そして次の朝、

 

おばさんと娘が帰ってくると、

警察から連絡が入っていたとのこと。

 

旦那さんが自殺した、と。

 

俺はそいつのこの話を

相槌を打ちながら聞いていたけれど、

 

もう本当に気が気じゃなかった。

 

俺が見たのは錯覚の可能性もあるが、

もしかしたらその旦那かも知れない。

 

だって、

 

おばさんの話を盗み聞きしている時に

見たんだから・・・

 

このおばさんは自分のサイトを持っていて、

 

ご丁寧に『追悼ライブやります』、

と書いてある。

 

愛とは・・・などと、

説教くさいことも書いてある。

 

この追悼ライブの出演者には、

事実は何も聞かされていないらしい。

 

ライブに行かないでくれ、

と言って死んでいった旦那。

 

追悼ライブだと!?

フザけるな!!

 

このおばさんは旦那の死すら、

バカ騒ぎや酒のネタに利用したいのか?

 

人間じゃない。

 

俺はパイプの間から見た顔より、

このおばさんの方がよっぽど怖い。

 

この話は事実だし、

 

このイベントは実際に2日間、

都内の某ライブハウスにて開催される。

 

しかし、

 

異例の『直前での出演予定バンドが

全員キャンセル』となっても、

 

どこからかまた何も知らないバンドを

かき集めて開催するという。

 

限りなく人間じゃないけれど、

幽霊よりよっぽど怖い人間の話。

 

(終)

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