高い塀の上から突き出た男

3年前の9月初め、

金曜日だったと思います。

 

天気は覚えていませんが、

少なくとも雨は降っておらず、

まだ暑さの残る日でした。

 

自分の上衣はストレッチ素材の

薄いフレンチスリーブ1枚

だったことを覚えています。

 

私は彼のアパートに行くため、

夜9時過ぎに都内某地下鉄の

駅で降りました。

 

交通量の多い幹線道路はありますが、

商店も殆ど無く、

寂しい雰囲気のところです。

 

彼の家に行くには

駅を出てすぐ裏に入り、

幹線道路と平行に続く細い道を

3分ほど歩けば最短です。

 

が、お土産にビールを買うため、

少し離れたコンビニに寄り、

その脇から裏道に入りました。

 

そのあたりは古い住宅街で、

高い塀に挟まれた道が

細く曲がりくねり、

街灯も少なく、

夜はあまり通りたくないところです。

 

不安を紛らわす

という目的もあって、

私は歩きながら

彼に電話をかけました。

 

「あ、もう駅出てそっちに向かってるから。

ビール買ったよー」

 

などと話しつつ、

暗い街灯の下を通り過ぎようと

したところでした。

 

なにかの気配を感じて振り向くと、

街灯の真下、高い塀の上から

人間の上半身が出ていました。

 

直立不動で、

まっすぐ前を見据えたまま、

45度くらいこちらに傾斜して、

若い男が突き出ていました。

 

距離は1メートル弱、

街灯に照らされた土気色の顔も、

着ている服も、

はっきりしています。

 

塀は、男の腰骨のあたりよりも、

だいぶ下です。

 

これだけ斜めに乗り出して、

何にも掴まらず直立不動の姿勢を

保つことは無理です。

 

あまりに不自然でした。

私は悲鳴をあげました。

 

私の大声にも、

その男は全く動きません。

 

目も動かさないのです。

 

つながったままの電話の向こうで

彼が何か言っているのが聞こえ、

我に返った私は走り出しました。

 

泣きながらメチャクチャに走り、

駅前まで戻って震えているところを

彼に助け出されました。

 

訳を話すと、

彼はその場所に行ってみると

言い出しました。

 

私はしばらく拒絶していましたが、

一人になるのが絶対に嫌でしたので、

少し離れて後に続きました。

 

街灯のところまで戻りましたが、

何もありません。

 

男がいた塀の裏は、

駐車場になっていました。

 

さっきの姿勢を取るには、

何かの上に乗って

後ろから誰かに支えてもらうしか。

 

「いたずらじゃないの?

女の子驚かそうと思って」

と彼は言いました。

 

あまりにはっきり見えたため、

一瞬「そうなのかな」とも思いましたが、

気が付いてしまいました・・・。

 

男が分厚い鮮やかなオレンジ色の

セーターを着ていたことを。

 

少し濃淡のあるアクリルっぽい毛糸、

大きな縄編模様、そして70年代風の

ボサボサセミロングヘア。

 

とても、セーターなど着るような

日ではなかったのです。

 

夜になっても少し歩けば

汗ばむ陽気でした。

 

私はまた泣き出し、彼に

その場所から離れさせられました。

 

そのあと半年ほど、

TVとラジオと家中の電気をつけっぱなしで

過ごしました。

 

それまでもその後も、幻覚幻聴その他を

経験したことはありません。

 

バイクに乗る人なら

夏でも厚着をするんじゃないか、

重い精神疾患の人なんじゃないか、

など考えてみましたが、

 

どうにも納得のいく

答えが出ません。

 

できれば、実在の人物だったと

思いたいです。

 

(終)

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