田舎村の風習 8/8

鬼の一族は

死者を喰らうのではない。

 

生きたまま喰らうのだ。

 

消えたまつりの一族は、

皆喰われてしまったのだ、と。

 

黒い箱は『おまつり』という

畏怖の行事として恐れられた。

 

村に災害が起こるたび、

 

鬼の一族はまつりの血のせいだとして、

黒い箱を持ち出した。

 

台風が村を襲うと、

 

『またおまつりが開かれる』

と村人たちは嘆いた。

 

ふぃぃ、と息をつくと、

 

かあちゃんは空になったコップに

梅酒を注いだ。

 

俺母「おしまい」

 

「おしまいて!

なんも終わってないじゃろ!」

 

俺母「怖いんか」

 

「怖いとかじゃなくて、

話は途中じゃ。

 

まだ終わってない。

 

こんなん気持ち悪くて

寝れるか」

 

俺母「それがいいんじゃ。

 

怖くてあの山に登ろなんて、

思わんじゃろ。

 

この話はなぁ、

 

大人が子供に山登らせんために

作ったホラ話じゃい。

 

昔は山ん中は危なかったからなぁ。

 

コンクリ道路なんて無かったから。

 

かあちゃんも、

ひいじいちゃんから言われたなぁ。

 

あの山には鬼の屋敷があるから、

登ったら食われるぞ~って」

 

案の定、

その日は一睡も出来なかった。

 

布団に横になって、

いろんなことを考えた。

 

きっとかあちゃんの話は、

全部が全部本当ではない。

 

山にあるのは屋敷じゃなくて

小さな神社だ。

 

ソンチョと俺に起こったことと、

いろんなところで相違点がある。

 

翌朝、

 

居ても立ってもいられなくて、

俺はソンチョの家に走った。

 

「お前から俺んち来るのは

めずらしいなぁ」

 

「ソンチョ、

あの神社のことわかった。

 

おまつりのことも、

全部じゃないけど、わかった」

 

かあちゃんから聞いた話を

ソンチョに聞かせた。

 

寝てなかったし、

 

もともと話し方も上手くない

俺の話を、

 

ソンチョは遮ることなく

最後まで聞いてくれた。

 

「それ、ホンマの話か」

 

「わからん。

 

かあちゃんは、

ひいじいちゃんのホラ話

 

て言うてたけど。

 

でもホラ話じゃない。

でも、なんか」

 

「そうじゃ。

なんかちがうな」

 

そう。

 

自分たちが体験したことと、

かあちゃんから聞いた話とでは、

 

微妙に噛み合わないのだ。

 

箱は二つじゃなくて

一つしか無かったし。

 

名字の箱の中に、

おまつりの板が入っていた。

 

ソンチョが俺の手を

食おうとしたのもわからない。

 

おまつりの札を引いた者は

食われる側ではないのか。

 

「あの神社、

 

なんで左右に小屋が

あったんじゃろ」

 

「わからん。

 

その話だけじゃ、

わからんことが多すぎる。

 

今日、ジジイが帰ってきたら

聞いてみる。

 

今度は神社じゃなくて、

おまつりの話を」

 

「うん。

 

俺のかあちゃんが

知ってるぐらいだから、

 

村長はもっと詳しく

知っとるかもしれん。

 

あとな・・・ソンチョ、

 

入院してて

忘れたかもしれんが、

 

俺達、黒い箱出しっぱなしで

帰って来たろ」

 

「ああ!そうじゃ!

あの箱出しっぱなしじゃ!」

 

「あれ、大丈夫かなぁ」

 

「アカンじゃろ・・・

 

怖いけど、

それはアカンじゃろ。

 

しまわないと、たたられる」

 

「もっかい行くんか!?

 

俺は嫌じゃ。

あそこは怖い。

 

ソンチョは行くつもりか」

 

「俺かて行きたくないよ。

 

でも行かな、鬼さんに

食われてしまうかもしれん」

 

そんなことないとは

言えなかった。

 

これまで起こったことと、

かあちゃんの話を合わせれば、

 

もしかしたらまだソンチョは

危ないのかもしれない。

 

「ソンチョが行くなら、

俺も行く」

 

「あたりまえじゃ。

 

俺ひとりで行かすつもり

だったんか」

 

即日決行。

 

その足で山の神社へと

向かった。

 

胸にまだ糸が縫われている

ソンチョと、

 

ソンチョに噛まれた右手の

かさぶたがはがれない俺と。

 

「ソンチョ、新しい靴

買ってもらったんか。

 

かっこいいなぁ」

 

「ああ、かあちゃんが

買ってきたんじゃ。

 

でも、俺は前の靴のほうがええ。

これ大きさ合ってないんじゃ」

 

「今日は裸足じゃないから、

痛くないな」

 

「アレはあぶない。

 

こないだの、

けっこう足の裏も切れてたぞ」

 

「俺もじゃ」

 

けもの道を抜け、

例の石段の前までやって来た。

 

「ソンチョ、やっぱり怖いよ」

 

「俺かて怖いって。

 

でも、よく思い出してみぃ。

 

こないだはオバケも神様も、

鬼さんも出てこなかったじゃろ。

 

だから、そんなに怖がることは

ないのかもしれん」

 

ソンチョは俺に言っているようで、

 

一方でソンチョ自身に

言い聞かせるようだった。

 

石段を上ると、

 

前回と同じようにツルで覆われた

鳥居が見えた。

 

「間違いない、あの神社じゃ。

消えたりしてないなぁ」

 

「お前は方向音痴だから、

俺と一緒じゃないと来れんぞ。

 

はぐれたら死ぬからな」

 

「怖いから一人では来んよ」

 

左右に小屋が、

正面に本殿が。

 

しかし、

 

神社の敷地に広げたはずの

木の板は、

 

一枚残らず無くなっていた。

 

もちろん黒い箱も。

 

「無いぞ、ソンチョ!

だれか持っていったんか?」

 

「そんなことあるか。

 

あんなもん欲しいやつ

おらんて。

 

でも、キレイさっぱり

無くなっとるぞ」

 

「もしかして、鬼さんか」

 

「お前、怖がりのくせに

何でそんなこと言うんじゃ。

 

怖くなるじゃろが」

 

「怖いから言うんじゃ。

 

鬼さんが持っていった

のかもしれん」

 

小屋の裏も、

本殿の裏も探したが、

 

一枚も見つけることが

できなかった。

 

「ソンチョ、どうする」

 

「まだ探してない場所が

あるじゃろ」

 

「それはイヤじゃ!

また入るんか!

 

あの部屋は真っ暗じゃ」

 

まだ本殿の中は探してなかった。

 

もしかしたら・・・

 

誰かが本殿の中に

箱を戻しているとしたら。

 

「確かめんと」

 

「懐中電灯は?」

 

「そんなもんない」

 

「うう、ソンチョ、

 

このまえみたいに

いきなり走ったら許さんぞ」

 

「アホか、俺かて怖くて

そんなことはもうできん」

 

そして、

 

暗い暗い本殿の中を

進んでいった。

 

「やっぱりじゃ!

箱がある!

 

これ間違いないぞ、

あの箱じゃ」

 

「ソンチョ、怖いぞ!

これは怖いぞ!

 

なんで誰がもとに

戻したんじゃ!」

 

「わからん、逃げろ!」

 

ソンチョと俺は全速力で

本殿を飛び出し、

 

そのまま神社を抜け出て、

 

けもの道に戻ったところで

ようやく一息ついた。

 

「怖かった~。

 

なんじゃ、

ソンチョ泣いとるのか」

 

「ホンマじゃ、

泣いとる。

 

なんじゃ、

お前も泣いてるんか」

 

「あれ、俺も泣いてる」

 

俺たちは完全に歩みを止めた。

 

こいつは、この感じは、

ソンチョじゃない。

 

俺も、俺じゃない。

 

「ソンチョ!」

 

「ばかたれ!

怖くて涙が出ただけじゃろ!

 

早く、山を降りるぞ」

 

コンクリ道路に帰ってくると、

ソンチョと俺は山を見上げた。

 

「俺、やっぱり、

 

ジジイにおまつりのこと

聞くのやめる」

 

「うん。

 

知らんほうが

いいのかもしれん」

 

結局、

 

俺のかあちゃんから聞いた

『おまつり』の昔話。

 

あれは全部が本当じゃないけど、

全部が嘘というわけでもない。

 

俺達はそう結論付けた。

 

怖くてこれ以上調べる気には

なれなかった。

 

「なぁ、ソンチョ」

 

「なんじゃ」

 

「あさって、となり町のお祭り、

一緒に行こか」

 

「おう。

 

かたぬきの針、

お前の分も用意しちゃるよ」

 

「去年見つかって

怒られたじゃろ。

 

針は出店の使わないと

アカンよ」

 

「お前は、またか。

 

ほれ、あれじゃ。

そんなんだと・・・」

 

「なに?」

 

「忘れた。大人の言葉じゃ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「お祭り、楽しみじゃな」

 

「うん。晴れるといいなぁ」

 

(終)

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One Response to “田舎村の風習 8/8”

  1. あおば より:

    何も解決してねぇ!

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