しほさんと約束したんですけど

 

これは、去年の暮れに帰省した時にあった不可解な体験談。

 

帰省する少し前の日のこと、お向かいの家の人から「不審者がいる」との注意を促されたという。

 

なんでも、夜中の１時過ぎにチャイムを鳴らされたらしい。

 

詳しい話を聞くと、そこの家の人はみんなもうベッドに入っていて、時間も遅かったので最初は無視していた。

 

でも、鳴り続けるチャイムに耐えられなくなり、旦那さんが応対することに。

 

傍らでは奥さんがいつでも通報できるように携帯を構えていた。

 

旦那さんがドア越しに穏やかな口調で、「こんな時間にどなたですか？何か緊急の件ですか？」と尋ねた。

 

すると、男の声が「あの･･･しほさんと約束したんですけど･･･入れてください」と答えた。

 

その家に、『しほ』なんて人はいない。

 

それに新築の一軒家なので、前に住んでいた人ということもない。

 

旦那さんは、そんな人はいないので間違いだから帰ってくれと言ったそうだが、「でも約束したので･･･あの･･･覚えてるので･･･」と引き下がらないので警察に連絡したという。

 

すぐに警官が来たが、その時には男はいなかった。

 

また現れるかもしれないからお宅も気をつけてねと言われたと、そんな情報を母が夕食時に俺たち家族に聞かせた。

 

そうして戸締まり確認を念入りにしたその日の夜、我が家のチャイムも鳴った。

 

時間は０時を少し過ぎた頃で、俺と父が居間にいた。

 

まさか本当に現れると思っていなくて、大の男二人で相当怖気づいた。

 

とりあえず、通報する前に確認することに。

 

うちのインターフォンにはカメラが無いので、カーテンの隙間からこっそり覗くと、風除室に濃い茶色のコートを着て、黒い帽子を被った男がいた。

 

長靴を履いていて、背は普通。

 

俯いていた為、顔は襟で隠れて見えなかった。

 

その男がチャイムを鳴らし続けている。

 

父にあんまり見るなと言われてすぐに顔を引っ込めたが、この男が噂の不審者だと思って通報した。

 

俺と父は、警察が来るまで引き止めて捕まえてもらおうと、男の応対をすることに。

 

ここまでおよそ３分くらいだったが、その間ずっとチャイムは鳴らされていた。

 

玄関に出て、扉のすりガラスに映る人影に向かって父が問いかけた。

 

「どなたですか？」

 

「あの･･･しほさんと約束した者ですけど･･･」

 

「お名前は？」

 

「あの･･･あの･･･」

 

「何か緊急の御用ですか？」

 

「しほさんと約束したんですけど･･･入れて欲しいです･･･約束したので･･･」

 

言葉に間を開けながら、男はそう答える。

 

もちろん、うちにも『しほ』なんて人はいない。

 

「そんな人はいません」と言っても、「家をお間違えですね」と言っても、「あ･･･約束を覚えてるので･･･」と繰り返す。

 

しばらくして、すりガラスの人影がふっと消えたかと思うと、すぐにパトカーが来た。

 

そして、外から「すいませーん！警察ですー！」と言って、なぜか風除室のドアを叩いている。

 

玄関を開けてみたら、さっきまでチャイムを鳴らしていた男がいたはずの風除室は、きちんと戸締まりがしてあった。

 

外からは鍵が掛からないタイプのスライド式のドアだ。

 

そういえば、男が消えた時にドアを引く音がしなかった。

 

俺はかなり怖かったが、父はあまり気にせず警官に状況や男の姿形、昨日も近所で同じ事があったことを伝えた。

 

ついさっきまでここにいたとも言ったが、警官は怪しい人物を見かけなかったようだった。

 

ただ、夜に積もった雪に“足跡”は残っていた。

 

警官は、追いかけてみますとか、パトロールを強化しますとか、また来たらすぐ通報してくださいとか、戸締まりや深夜の外出の注意をして引き上げていった。

 

その様子を階段から覗いていた母に風除室の鍵を閉めたか聞くと、確かに閉めたという。

 

父は、あまり気にするな、それより捕まえられなくて残念だったな、と言って笑っていた。

 

そして、みんなで戸締まりを再度確認してから寝床に入った。

 

あまり眠れなかったが、３時頃にパトカーが巡回しているのが窓から見えたこともあって安心はした。

 

でも翌日に、また別の近所の家のチャイムが鳴らされた。

 

父はパトロールが杜撰なのだとカッカしていた。

 

その不審者は結局、４夜に渡って我が家と近所の家のチャイムを鳴らして、「しほさんと約束した」と言って回ったようだ。

 

４夜目以降は近所ではチャイムが鳴らされることはなかったが、捕まったという話も聞かなかった。

 

また、このチャイム男がどんな顔をしていたかという情報もなかった。

 

そのまま年が明けて、帰省していた俺は一人暮らし先に帰った。

 

それから１週間ほどが経った頃、母から電話でこんなことを聞いた。

 

お向かいのお宅のポストに、『しほではない。みつかりました。ありがとうございました』と、筆で書かれた半紙が折りたたまれて入っていたと。

 

我が家のチャイムも鳴らしたんだからこちらにも一言詫びるべきだろう、とは思ったが･･･。

 

（終）