様々なものが寺に集まることもある

釣鐘

 

これは、あるきっかけで知り合った人との話。

 

当時の俺は、県の外郭団体が実施していた就職支援講座に通っていた。

 

講座にはニートや就活生の若年者、他にも俺のようなリストラ組。

 

その中に、山岡さん(仮名)という50代の男性がいた。

 

山岡さんが勤めていた会社は倒産し、社長が夜逃げをしたそうで。

 

山岡さんはとても礼儀正しく、穏やかな人。

 

仕事もバリバリできる人のように感じた。

 

50代とはいえ、PCも一通り使いこなし、簿記一級も所持していた。

 

曰く、小さい会社だったので、経理から営業まで何でもやっていたという。

 

それなのに再就職に苦労していたのは、山岡さんの容姿のせいが主だった。

 

若い頃に大事故に遭ったことで、片目が潰れ、内臓もいくつか無くしており、無理が出来ない身体だった。

 

顔は見慣れれば気にされなかったそうだが、薬が手放せないと言っていた。

 

そんな山岡さんが、ある時にハローワークで教えられた仕事に応募することにした。

 

泊まりの勤務があり、細々した用事をこなさないといけないものの、県内の有名寺院の事務方の責任者ということもあって給与は良い。

 

講座の講師にも相談した上で、面接の予行練習をしてもらってから応募した。

 

書類審査、面接、実技とあったが、山岡さんは全てに合格した。

 

何より人柄が寺にはぴったりだったようで、寺の一番お偉い方が山岡さんの人柄を大いに気に入ってくれたという。

 

山岡さんは合格だと知って喜んだが、結局その寺には就職しなかった。

 

聞けば、「病弱な身なので仕事で迷惑をかけてはいけないので」というのが断った理由だった。

 

ただ俺はバカなので、山岡さんに「あの寺で何か見たんですか?あそこ出るって有名でしょ?」と聞いてしまった。

 

…が、山岡さんからは「そんなこと言うものではないですよ」と窘められたが。

 

しばらくして俺は就職し、講座をやめた。

 

同時に、山岡さんもすぐに就職したと聞いた。

 

そんなことから時は経ち、去年のこと。

 

俺が勤めている会社で、「県の支援を受けて人を雇おう」ということになった。

 

内容は、県が実施している若年者のフリーター向けの就職支援で、製造業のプロジェクト。

 

人事担当者と共に職長の代理で説明会に行った俺は、そこで数年振りに山岡さんに会った。

 

その頃の山岡さんは、プロジェクトに関わっている民間の就職支援会社に就職していた。

 

懐かしくて声をかけてみたら、山岡さんも俺のことをすぐに思い出してくれた。

 

それがきっかけで、それ以降は何度か一緒に飲みに行くようにもなった。

 

そんなある時、山岡さんが「違う店にしましょう」と言って、一方的に店を変えたことがあった。

 

酒を飲んでいるうちにそれがどうしても腑に落ちなかった俺は、店を変えた理由を強い口調で聞いてみると、山岡さんは困った顔で話してくれた。

 

山岡さんは若い頃に、交通事故で生死の境を彷徨った。

 

なんとか一命を取り留めたが、後遺症のせいか「時々変なものが見える」という。

 

さっきの店の場合は、近くで飲んでいた男性の後ろに、明らかにこの世の存在ではない女性が見えたと。

 

それを聞いた俺は、頭の中で就職支援講座の頃の”あの寺の件”を思い出した。

 

そして、「もしかして前に寺の内定を断ったのって、やっぱり本当は寺に何かいたんですか?」と聞いたら笑われた。

 

ちゃんと供養されているためか、寺では何も見なかったそうだ。

 

「…寺では?」

 

山岡さんはまた困ったように笑ってから、こう言った。

 

「様々なものが寺に集まることもあるようですよ」と。

 

何を見たのかは教えてくれなかったが、おそらく何かを見てしまったのだろう。

 

(終)

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