今日は生きて帰れなかった

中学生のとき、部活で遅くなると、よく隣の家の兄ちゃんが、同じ時間にバイクで帰宅してきた。
ブロ~ン!と、兄ちゃんは自分の家の駐車スペースに入り、帰った時のセリフは、いつも「はぁ、今日も生きて帰ってこれた~」だった。
毎日、バイクで大学を通っているらしい。
電車だと時間がかかるから、バイク通学をしているんだとか。
ただ、本人はあまりバイクが好きじゃないみたいだけど、友達から安く譲ってもらったバイクだから乗っているようだった。
たぶん、毎日ヒヤヒヤしながら通学していたんだろう。
そんなセリフを数十回と聞いているうちに、ついに、あの日がやってきた。
その日も部活で夕方すぎに家に着いたところ、いつものように兄ちゃんを発見。
ただ、いつものエンジン音が聞こえない。
静かな入庫だった。
エンジンを切って、スィ~っと駐車スペースに止めたみたいだった。
そして、いつものセリフ。
「はぁ、今日は生きて帰れなかった…」
ん? いつもと違うぞ?
振り向くと、駐車スペースには、いつものバイクが止まっていなかった。
たしかに、さっき帰ってきたはずなのに…。
単なる空耳かとも思ったけれど、何かの見間違いかとも思い、深く考えずに夕飯を食べて、翌日も学校へ。
その日は部活の顧問が熱を出して、部活が休みになったので早く帰ったところ、親がなんだかいつもと違う雰囲気だった。
話を聞いたら、隣の大学生の兄ちゃんは、飲酒運転のトラックに後ろから追突されて、そのまま亡くなったそうで…。
前日の夕方6時頃の事故だったらしいので、やはりいつもの時間、いつものペースで、魂か幽霊になってもバイクで帰ってきたみたいだった。
それから1週間は、あのときの、いつもと違うセリフが頭から離れず、夜も深く眠れなかった。
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、「生きて帰る」ということが当たり前ではなく、本当に奇跡の積み重ねなのだということ、そして人は不思議な形でも自分の日常や帰るべき場所に戻ろうとするものなのだ、ということです。
毎日何気なく繰り返されていた「今日も生きて帰れた」というセリフには、普段は意識しないけれど、危うさと感謝が込められていたと気づかされます。そして、その日常が突然断ち切られたときに、兄ちゃんは魂だけでも「帰って来よう」としたのかもしれない。そんな不思議で切ない感情を読み手に伝えています。
また、怖さの奥には、命の尊さや、普段の何気ない日々がどれだけかけがえのないものかを教えてくれるような、優しさと哀しさが滲んでいる体験談でもあります。

































